[書評]クマール『量子革命』 量子力学はどのように確立されたか

現代物理学の基礎となった「量子力学」は古典力学とは大きく異なる性質を持ち、多くの物理学者を悩ませた。本書は、量子力学の誕生からボーアとアインシュタインの論争を経て、その帰結に至るまでを、群像劇のような人間ドラマとして描いている。

量子力学の誕生と物理学者たちの発見

1900年、ドイツの物理学者プランクが黒体放射の分布式を見出した。熱した物体から放射される波長とエネルギーの関係式で、電球開発のために解明が急がれていた。プランクが統計力学を用いて見出した実験と一致する式は、エネルギーが連続した値ではなく「飛び飛びの値」を取るということを示しており、これが「量子」という考え方の始まりとなった。

1905年、スイス特許局に勤めていたアインシュタインは特殊相対性理論を含む5編の論文を発表した。1編目の光電効果についての論文は、プランクの研究に触発され、光が粒子としての性質も持つという仮説(光量子仮説)を述べたものだ。これが実験で確認されてノーベル賞を受賞した。

1913年、デンマークのボーアが量子論を取り入れた原子モデルを提唱。電子の軌道は特定の条件を満たすものだけが定常状態として存在し、定常状態間を遷移する際にエネルギーを放出するというものだ。これにより今まで不明だった「線スペクトル」が説明可能になった。

1925年、ボーアに学んだハイゼンベルクは観測可能な量だけに着目し、行列方程式を構築した。これによって量子力学が初めて式として扱えるようになった。1926年、シュレーディンガーが行列よりも直感的に扱いやすい波動方程式を発表した。両者は数学的には同じものだが、前者は粒子的・不連続的、後者は波動的・連続的な振る舞いを示した。さらにハイゼンベルクは、観測において位置と運動量を同時に正確に測定できないという「不確定性原理」を発見した。ボーアはその     起源を粒子と波の二重性にあると考えた。

1927年の第5回ソルヴェイ会議で、ボーアは電子や光が粒子と波という相反する性質を併せ持ち(相補性)、実験条件によってどちらの側面が現れるかが決まるという「コペンハーゲン解釈」を主張した。それに対しアインシュタインは「神はサイコロを振らない」と反発。両者の論争はその後も続くことになった。 この時期に     二つの世界大戦が起き、科学者たちも平穏ではいられなかった。ドイツ出身のユダヤ人であるアインシュタインはたびたび国籍変更を余儀なくされた。

激しい議論と人間ドラマ

本書では科学者たちの人間味あふれる姿が活写されている。ハイゼンベルクは自分の業績が波動方程式により影を薄くされたことを悔しがり、粒子性を強調する形で不確定性原理を見出した。しかし、師のボーアはそれを相補性の理論付けに用いた。ボーアがシュレーディンガーを招いて討論した際は、客人が過労で倒れても、病床で看病しながら議論を続けたという。ボーアとアインシュタインの論争は今も伝説的である。

量子力学という革命的な理論が築かれていく過程が詳しく描かれており、実に読み応えがある一冊だ。

『量子革命:アインシュタインとボーア、偉大なる頭脳の激突』
著者:マンジット・クマール
訳者:青木薫
発行日:2017年2月1日
発行:新潮文庫

(写真はイメージ)