[書評]多様性の時代に問われる『君たちはどう生きるか』【GWに読みたい本】
書店に行けば必ずと言っていいほど平積みにされている本『君たちはどう生きるか』。漫画版には「2018年1番売れた本」という帯が付いている。初版は1937年に出版された戦前の本であり、実はかなり古い。2017年に漫画化されたことで改めて注目されることとなった。スタジオジブリの宮崎駿監督が最新作のタイトルを「君たちはどう生きるか」に決定したことも、話題を呼んでいる。
著者と時代背景
著者の吉野源三郎(1899~1981年)は、東京大学哲学科を卒業し、編集者・評論家・ジャーナリスト等として活躍した。戦後は、現在も岩波書店から刊行が続く雑誌『世界』の初代編集長を務めたことでも知られる。「戦後民主主義」の立場から、反戦・平和活動にも積極的だった。
『君たちはどう生きるか』は、児童文学集『日本少国民文庫』(山本有三編)全16巻の最終配本として、1937年に刊行された。1931年に満州事変、1937年には
コペルくんが見つけた「人間分子の法則」
物語は、中学生の主人公コペルくんと、母親の弟「おじさん」とのやりとりが中心となっている。ある日、コペルくんとおじさんは銀座のデパートに出かけ、屋上から地上を見下ろしていた。屋上からは、さまざまな人が行き来する様子が見えた。おじさんは世の中を海にたとえ、コペルくんは1人1人が水の分子のような存在だと気がつく。おじさんは、コペルくんが自分を海の中の1つの水の分子だと感じたことを大きなことだと言う。
コペルニクスが地動説を唱えたとき、自分たちのいる地球が中心となって天が動いているという天動説が主流だった。これはこの学説だけに当てはまる話ではなく、世の中や人生を考えるときにも当てはまる考え方だとおじさんは言う。子どもの頃は大抵、目に見える世界を中心に物事を考えるために、自分中心の天動説的な考え方をする。大人になると、広い世間を先に考えて地動説的な考え方ができるようになる。しかし、大人になってもいつも地動説的な考え方をすることは簡単ではない。「自分ばかりを中心にして、物事を判断して行くと、世の中の本当のことも、ついに知ることが出来ないでしまう。大きな真理は、そういう人の眼には、決してうつらないのだ」。
困難を前にどう生きるか、考えの助けとなる物語
「道徳」や「倫理」をテーマとし、著者自身も哲学を学んでいたことから、難しい内容も子ども向けに想像しやすく書かれている。コペルくんが友だちとのけんかや、友だちと遊ぶこと、おじさんや家族と対話する日常生活の中で中学生なりに考えたことについて、おじさんとやりとりをする。その中でコペルくんは考えを深めていくようになる。ちなみに、コペルくんの名前は、コペルニクスから来ている。
また、コペルくんの精神的成長を通して私たちが「どう生きるか」を問うと同時に、現代にも存在する貧困や格差等の社会問題に対する考え方も問うている。困難な時代に「私」は何を考え、どのように行動して生きていくのか、人としてどうあるべきかを問いかける。
昨今は多様性の時代とも言われ、個人の自由な選択や発言が可能になった。その中で、人としてどう生きることが正しいのか、という問いに対する確実で明確な答えを教えてくれる人はいない。哲学にも答えはない。自分で考え続け、行動していかなければならない。この物語は、「どう生きるか?」を探し考え続ける1つの道を与えてくれる。戦前戦中の暗い時代に、次世代に託された希望の物語のひとつといえるだろう。
「そこで、最後に、みなさんにおたずねしたいと思います。――君たちは、どう生きるか」
書誌情報
『君たちはどう生きるか』
著者:吉野源三郎
発売日:1982年11月16日
発行:岩波書店
(冒頭の写真はイメージ)