
[書評]平和を願う小さな物語『ぼくのことをたくさん話そう』
本書は、脚本家であり作家・画家でもある、チェーザレ・ザヴァッティーニの1931年に出版された処女作だ。ウクライナで戦争が始まった時に注目された、戦争によって裂かれた恋人たちの映画、『ひまわり』の脚本家でもある。北イタリアの小さな町に生まれ、高校教師を経て、さまざまな新聞や雑誌に寄稿をしていた。病気で倒れた父の看病をしながら傾きかけた食堂の経営を引き継ぎ、その傍らで執筆した。その物語のいくつかを読み聞かせ、父はにっこり微笑んで息を引き取ったという。
彼は小さな出版社に、寄稿した雑誌や切り抜きを持ち込む。そのままでは到底本にはできない短い物語の数々を、ダンテの『神曲』の構造を模して、天界を巡りながら物語を綴る形の一つの有機的世界にまとめた。物語のさわりはこうだ。
眠れない夜が明ける頃、主人公は1人の幽霊にあの世への旅に招待される。その幽霊と、人生、死と生、愛についてさまざまに語り合いながら、煉獄に入る。そこで苦しめられる霊たちを見ながら、ある霊の語る物語を霊たちが楽しんでいるのに出会う。しばらくすると、その霊を天使が天国に連れていき、そこでまた、さまざまな天人たちが物語を楽しんでいた。病を患った男の子たちの人情的な話、人生の無常を感じさせる話、貧しい家庭の生活の小さな幸せなど、巧みな言葉にその世界に引き込まれる。
主人公は、生命を夢のように始まりも終わりもない何かと感じ始め、時間と空間の感覚が失われてきていた…その時、息子の顔が脳裏に浮かび、「家に帰らなきゃ」と我に返る。そしてベッドに戻る。
作者は2つの世界大戦を経験しながら、深い感受性をもって戦争や貧困で苦しみの中にあった人達の生を優しくとらえ、小さな物語として紡いでいる。本書では、生きていた時は、戦争で争った者も、貧しかった者も、富んでいた者も、天界で同じく生を懐かしみ、物語を楽しんでいる。物語の生み出す小さな感動と共感は、時空を超えて今生きている私達に、平和や生を大切にする心を届けているのではないかと感じる。
『ぼくのことをたくさん話そう』
著者:チェーザレ・ザヴァッティーニ
訳者:石田聖子
発行日:2024年12月20日
発行:光文社
(写真はイメージ)