酵素の模倣により環境負荷の少ない窒素のエネルギー変換法を発見 京都大学

酵素を模倣することで金属-硫黄 化合物による窒素の還元に初めて成功

京都大学は、自然界にある微生物の「酵素」の役割を模倣することで窒素分子(N2)の還元反応に成功したと発表した。持続可能社会に向けた新しいN2還元法の開発に向けた大きな一歩となる。この成果は7月6日に、科学誌「ネイチャー」にオンライン掲載された。

大気中のN2を生物が利用できるアンモニア(NH3)等の分子へ変換する窒素固定(N2還元反応)は、生命活動を維持する上で欠かせない作用だ。一方で、大気の主成分であるN2は「不活性ガス」と呼ばれるほど反応性に乏しく、N2の還元反応は非常に起こりにくい。自然界では、マメ科の植物と共生している根粒菌など一部の微生物に存在する酵素「ニトロゲナーゼ」だけがこの反応を起こすことができるが、それだけでは地球上の人口の食糧生産を支えられない。そのため、鉄やルテニウムを触媒としたハーバー・ボッシュ法により、N2と水素分子(H2)から高温高圧条件下で NH3が合成され、肥料の原料に用いられている。この工業反応には、人類が使う全エネルギーの 1〜2%が費やされ、また同時にH2の原料として化石燃料を消費し、大量のCO2を発生している。化石燃料に頼らない酵素反応を人工的に再現しようと、鉄(Fe)、モリブデン(Mo)、硫黄(S)、炭素(C)から構成される「FeMoco」と呼ばれるニトロゲナーゼの酵素活性中心を再現しようと長年試みられてきたが、なかなか再現できずにいた。

同大の大木靖弘教授らの研究グループは、(1)どのようにN2がFeMocoへ結合するのか、(2)なぜタンパク質に保護されなければFeMocoがN2を還元しないのかの2点について化学的な視点で仮説を立て、条件を満たす人工分子を合成した。(1)を満たす予想構造を完璧な形で合成するのは容易ではないため、大胆に簡略化して予想構造の左半分に着目し、Mo、Fe、Sを含む立方体構造の分子を設計した。(2)はタンパク質に保護されていないとFeMoco は凝集してしまうと予想し、凝集を抑制するように設計した。こうして合成した分子を、大気圧のN2を満たしたフラスコ内で還元したところ、FeにN2が結合した分子が得られた。続いて、この分子を触媒として用い、N2の還元反応を検討した。NH3の合成反応は効率よく進行しなかったものの、溶液で行うN2還元反応の一種は高効率で進行した。

酵素を模倣して窒素還元反応を実現
本研究の模式図。FeMoco(酵素活性中心)の窒素結合状態やタンパク質の役割を予想し、模倣することで、金属-硫黄化合物による窒素分子の還元を実現した。

この成果について、大木教授は次のようにコメントしている。「進化の過程で淘汰されず生き残った自然界の構造や機能には、ある種の美しさや合理性が備わっています。中でも簡単に理解できない構造や機能を前にした時、我々はつい”神秘的な”、“複雑な”等の枕詞を添えて目を逸らしがちですが、ここでは大胆に単純化して解釈することを意識しました。我々の至らなさを認めつつも、物質のミクロな構造や機能は化学の言葉で書き下せるはずだ、と開き直るのが重要だと考えています。」

今後、N2還元反応に最適な金属元素を探索することで、自然界にある酵素を超える触媒活性を実現できれば、持続可能社会に寄与する新しいN2還元法が実現できると期待される。

画像提供:京都大学(冒頭の写真はイメージ)