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法律家の目でニュースを読み解く! 「働き方改革法案」に見る、雇用者主体の日本の労働市場(1)

法律家の目でニュースを読み解く! 「働き方改革法案」に見る、雇用者主体の日本の労働市場(2)

大きな論議を呼んでいる「働き方改革関連法案」が、大詰めを迎えています。厚生労働委員会での強行採決を経て29日に衆議院を通過する予定だったところ、延期になり再審議される見通しとなりました。「過労死を助長させる」と批判の声も高い同法案の問題点は何か? 後編ではさらに具体的に見ていきます。

協力:三上誠
元検察官。弁護士事務所勤務を経て、現在はグローバル企業の法務部長としてビジネスの最前線に立つ、異色の経歴の持ち主。

 

「過労死を助長させる」と批判を浴びる理由

前編でも説明したとおり、働き方改革関連法案の骨子は以下の通りです。

(1)時間外労働の上限規制の導入
(2)年次有給休暇の促進
(3)割増賃金に関する中小企業への猶予措置の廃止
(4)フレックスタイム制の見直し
(5)勤務間インターバル制度の普及促進
(6)同一労働・同一賃金の導入
(7)高度プロフェッショナル制度の創設

この中で(7)および、8番目の項目として盛り込まれていた「企画裁量労働制の対象業務の追加」が雇用者側に有利な制度であると指摘されていました。その根拠は、「時間外労働に残業代を払わなくてもよい」裁量型労働制が、雇用者側からすると「使い勝手が悪いのを補う」という方向性で、2005年に経団連が法案の提出を求めていたところに見出すことができます。(7)の高度プロフェッショナル制度は、アメリカでホワイトカラーエグゼプションと言われている制度ですが、労働者の裁量を重視し、労働時間の規制がない代わりに残業代が発生しない制度です。この制度について、当初から経団連は年収400万円以上の被雇用者を対象にすべきと主張していました。しかし、日本のサラリーマンの年収の平均がおおむね420万円と言われていますから、年収400万円以上となるとこれは高額所得者ではなく、サラリーマンの大半がこの中に含まれてしまうことになります。その時点で、一般の企業に勤める被雇用者の感覚では「労働者の裁量を重視」という点は説得力に欠けると言っても過言ではありません。

さらに、実は隠れた重要な論点として、サラリーマンの年収は男女比で大きな格差があり、男性が平均500万円超、女性が平均300万円弱となっていますので、経団連の設定では男性のほとんどが対象となり、女性は対象から外れることになって、男女の機会均等にも深刻な影響をもたらすおそれがあります。なお、ホワイトカラーエグゼプションの元祖アメリカでは、制度の対象者は労働者全体の約16%程度となっています。
 

高度プロフェッショナル制度は「残業代ゼロ法案」なのか?

このように、雇用者側である経団連の思惑が透けて見えることから、「残業代ゼロ法案」とも批判される高度プロフェッショナル制度ですが、今回の法律案では、対象は「平均給与の3倍の額を相当程度上回るもの」と規定され、業務の範囲も規定されており、さすがに経団連の主張をそのまま取り入れることはされていません。厚生労働省の告示においても、「平均給与の3倍の額を相当程度」の額については、年額で「1075万円以上」と示されています。日本における全給与所得者のうち、年収1000万円以上の割合は4~5%程度と言われていますから、制度の導入時としては比較的慎重に設定したと考えられます。しかし、法律案に金額が書き込まれていないことから、この金額が徐々に引き下げられていくのではないかとの懸念も根強いです。

一方で、労働時間の抑制に有効な勤務間インターバルは義務化されず、努力義務にとどまりましたが、ようやく国会が正常化し、野党側がこれを義務化するよう国会で修正案を出すという話も現実味を帯びてきました。

前編の冒頭でも言及した通り、国会ではいかに野党が反対しても「時、既に遅し」で、同法案は衆院を通過するかと見られていましたが、これが延期になりました。重要法案の議論を尽くすために与野党が協力したことは、素直に喜ばしいことだと思います。このような重要な法案において、問題点の議論がし尽くされないまま採決されることは、やはり国民の利益にはなりません。

今国会の目玉法案である働き方改革法案について、具体的には、高度プロフェッショナル制度が過剰に拡大されないように担保する施策や、勤務間インターバルの義務化について、形式的にではなく、実質的で踏み込んだ議論が尽くされたのか、私たち国民もよく議論の趨勢(ルビ:すうせい)を眺め、メディアもきちんと報じるべきでしょう。

現時点では、勤務間インターバルは義務化されず、高度プロフェッショナル制度については、「離脱規定」等が野党の一部から提案される形で盛り込まれることで、厚生労働委員会を通過しました。一応、高度プロフェッショナル制度の拡大にもう一つ歯止めがかかる制度を導入した形となりましたが、企業の現実に照らして、このような歯止めでは不十分だという反対意見も根強く、今後企業による運用を注視していく必要があります。この点では、野党やマスコミの果たす役割が重要です。今国会でも、裁量性労働制の拡張が法案から落とされたことは、現状の国会の議員比率の中でも野党やマスコミが機能していることの証左として十分評価されるべきだと思います。
 

社会の真の生産性とは何か?

日本の、特にサービス業における労働者の生産性が低いことは、近年強く指摘されているところです。産業構造は製造業からサービス業へシフトしており、アベノミクスの下で増えた雇用もほとんどがサービス業であることを考えると、現場にだけ任せておいても全体として労働生産性が高まることは期待できず、法律案によって強制的な変化をもたらしていくことは必要かもしれません。

しかしながら、労働法はもともと労働者保護のための法制度であり、その限度内で生産性向上に資するにすぎず、法律を変えるからといって、業務効率を上げたり、生産性の高い人材を育成したりできるわけではありません。

最終的には、各企業、特に経営層の英断にかかっているところが大きいです。厚生労働委員会での討論でも明確にされたように、高度プロフェッショナル制度も、生産性向上のポイントとなる労働者の裁量の有無や成果給の導入は労使間の合意に委ねられており、結局は企業側の果敢な決断がなければ、導入後直ちに死文化するでしょう。今は、競争力の強化の観点からも、法律の変化に対応する観点からも、企業が生産性を高める体質に変化する最高の機会でもあります。企業の「生産性」が、過労死に象徴される、労働者の人権を無視した無茶な働かせ方の上に成り立っているのだとしたら、日本はそれを見直すべき岐路に立っていると言えます。「仕事をしない時間」の中で営める個人的な家庭生活、社会生活があってこそ、人は真に豊かな人生が送れるはずで、それが長期的な意味での社会の生産性につながっていくはずなのですから。

(写真はイメージ)
 

参考記事
法律家の目でニュースを読み解く! 「働き方改革法案」に見る、雇用者主体の日本の労働市場(1)(2018/05/21)