
[書評]『ヒマラヤに学校をつくる』小さな一歩が大きな希望に
人生には、思いもよらない導きがある。本書は著者である吉岡大祐氏が、貧困に苦しむネパールでゼロから小学校を立ち上げるまでの軌跡を描いたノンフィクションだ。
アメリカへ渡る夢を抱き、その糧として鍼灸師の資格を取得した吉岡氏。渡航資金を抑えられるという理由から、22歳で知り合いを訪ねてネパールへ渡り、現地の大学に入学する。余暇を利用して貧しい人々へ無料治療を行う中、僻地の医療キャンプに誘われて参加した彼は、幼い子供たちが適切な治療を受けられず、次々と命を落としていくという苛酷な現実に直面し、強い衝撃を受ける。
過酷な差別と貧困、学びを願う子どもたち
ここで一体何が起きているのか、自らの目で確かめようと貧しい母子家庭を訪ね歩いた。その中で見えてきたのは、ネパールで暮らす人々の中に今なお残る根深いカースト制の名残や病の治療を祈祷に頼る風習、そして過酷な差別と貧困の構造だった。特に男性中心社会の壁は厚く、結婚時の高額な持参金を用意できない家庭では女の子の誕生が嫌悪され、迫害や口減らしの人身売買の犠牲となる不条理が存在していた。
しかし、そのような混沌の中にも一縷の希望はあった。貧しさゆえに働くことを余儀なくされていた子供たちは、目を輝かせながら「学びたい」という強い願いを抱いていたのだ。
「子供達にどうしても教育を受けさせてあげたい」——その切実な一つの思いから、著者はお金もコネもない状態で寺子屋の運営を始める。子供たちの力強い生命力に背中を押され、本格的な学校建設を目指して走り出すと、何もないところから徐々に道が拓けて行った。そして、三浦雄一郎氏やクラーク記念国際高校などからの支援を得て、遂に2004年に「クラークヒマラヤ小学校」を開校させた。そこは子供たちが生き生きと学び、自らぐんぐんと育っていく希望の場となった。1期生が卒業すると、著者は職業訓練による自立支援にも取り組み、子供たちは徐々に自立の道を歩んでいく。
試練を越えて、大きな歩みへ
当時のネパールは内乱下にあり、2001年には人々に慕われていた王族が殺害され、共和制へ移行する激動の時代だった。その後、経済の回復と共に貧富の差が拡大していく中で起きたのが、2015年のネパール大地震だった。校舎は奇跡的に無事だったものの、生徒の家や家族が奪われ、安否すら分からない未曾有の混乱。
さらに同時期、著者自身も深刻な病を患い、帰国してがんの闘病にさいなまれることになる。病床で何もできないもどかしさと葛藤する中で、著者はあることに深く気づかされていく。それは、外部の支援に頼り切るのではなく、現地の人々自身が学校を運営し、自立する道を開くことこそが、今この学校に重要なのだと。
一人の青年のアメリカへの憧れから始まった旅が、数々の出会いと時を経て、ネパールの地で命の尊厳を守る大きな歩みへと変わっていった。本書は、今の日本で私たちには当たり前に学べる環境があり、生死の危機に晒されることなく生きられてることへの感謝を思い出させてくれると同時に、「自分にも何かできることがあるのではないか」と、未来へ向けて静かに一歩を踏み出す勇気をそっと与えてくれる1冊である。
ヒマラヤに学校をつくる 〜カネなしコネなしの僕と、見捨てられた子どもたちの挑戦
著者:吉岡大祐
出版社 : 旬報社
発売日 : 2018年8月30日

