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法律家の目でニュースを読み解く! 伊藤詩織さん事件に見る日本の「恥」と「謎」

法律家の目でニュースを読み解く! 伊藤詩織さん事件に見る日本の「恥」と「謎」

ジャーナリストの伊藤詩織さんが、TBSのワシントン支局長だった山口敬之氏に性的暴行を受けたことを刑事告訴し不起訴になった経緯や、さらに民事訴訟を提起した経緯が6月28日、英国のBCC Twoで『日本の秘められた恥』というタイトルのドキュメンタリー番組で放映され、大きな反響を呼んでいます。今回は、この事件をめぐる司法および報道の対応に見られる特異性と謎を、法的見地から見て行きたいと思います。
 

協力:三上誠
元検察官。弁護士事務所勤務を経て、現在はグローバル企業の法務部長としてビジネスの最前線に立つ、異色の経歴の持ち主。

 

【事件のあらまし】

米国でジャーナリズムを学び、フリーのジャーナリストとして仕事を探していた伊藤詩織さんは2015年4月、当時TBSのワシントン支局長だった山口氏と、TBSワシントン支局で働くために必要なビザの話をするために東京で会った。2人で食事に行った先で伊藤さんは意識を失い、その後「望まない性行為をされた」ことを理由に山口氏を訴えた。その後、「準強姦罪」として山口氏に対し逮捕状が発行されるが、逮捕直前に、当時の中村いたる警視庁刑事部長の判断によって、逮捕状の執行が急きょ止められた。伊藤さんの訴えは不起訴処分となり、現在民事訴訟で係争中となっている。
 

英国での報道と日本のマスメディアの沈黙

伊藤詩織さんに関する事件が海外で注目されたのは今回の番組が初めてではなく、2017年12月29日に米国のニューヨーク・タイムズ紙も1面と8面を使って、山口氏の写真入りでこの事件を報道しています。同時期にフランスの有力紙であるフィガロ紙やルモンド紙などもこの事件を取り上げました。一方で、伊藤さんが名前と顔を隠さずに記者会見までしたにもかかわらず、日本国内のマスメディアではあまり、被害者であるはずの伊藤さんの立場に寄り添うかたちで取り上げられていません。

日本のマスメディアが沈黙し、事件の全容が解明されない中で、ネット上では伊藤さんに対する誹謗中傷があふれ、伊藤さんは記者会見後の3カ月間、自分のアパートに帰ることができなかったといいます。そんな中で、英国の人権団体から「英国で講演してほしい」と連絡が来て、それをきっかけに伊藤さんは英国へ渡りました。

性的暴行で訴えられて不起訴になった俳優の高畑裕太さんの事件など、過去の数々のこういった事件を思い起こせばわかるように、このような事件が起こった際には、マスメディアは被害者の側に立ち、被疑者側が徹底的に叩かれることがほとんどです。たとえ後で不起訴になったとしても、被疑者は「性犯罪者」として記憶されてしまい、社会的には厳しい立場に立たされるのが普通です。
 

逮捕令状執行はなぜ、直前に取り下げられたのか?

BBCのドキュメンタリーでも取り上げられていますが、伊藤詩織さんの事件における最大の謎のひとつは、山口氏への逮捕状執行が直前に取り下げられたという点にあります。

そもそも逮捕令状というものは、捜査機関が多くの人員を投入し、時には1年以上にわたる長期間の地道な捜査活動を行なって証拠を固め、内部でのさまざまな決裁を受け、検察庁からの認可も得た上で、ようやく裁判所から発布を受け、その上で「この時」という時を定めて執行されるものです。この事件においても、山口氏が米国から帰国するタイミングで逮捕状が執行される予定であったようです。

このように捜査機関の多大な労苦の上に執行される被疑者への逮捕令状が、身内である警視庁刑事部長の指揮により直前で止められることなど、経験上はほとんどあり得ません。被疑者を毎日取り調べ、集中して捜査できる逮捕令状の執行は、捜査機関、特に警察にとっては捜査の王道であり、よほどの手続き違反がなければこれが取り下げられることはないのです。

BBCの番組の中でも言及されているとおり、山口氏と安倍首相の関係が近いこと、また逮捕状の執行が停止された2週間後に、山口氏の『総理』という人物伝が出版されたことなどは、この事件の背景として見過ごせない点です。また逮捕令状の執行を止めた中村格氏は、菅内閣官房長官に極めて近い元内閣官房長官秘書官でした。

BBCの番組に対し、英紙ガーディアンは「女性への暴力や構造的な不平等、差別といった大きな話題を、もっと小規模で個人的な物語に焦点を当てて描いている」と評価。またこの番組を見た多くの視聴者が、衝撃を隠せないコメントと伊藤さんに対する共感をSNS上に寄せています。

BBCが制作したようなドキュメンタリーを、なぜ現地の日本のマスメディアでは作ることができなかったのか? この事件の真の解明を願うとともに、日本のマスメディアのあり方についても、私たちは疑問を呈する機会とするべきなのかもしれません。

(写真はイメージ)
 

参考記事
「#MeToo」時代のセクハラ問題を考える(1) 性被害者はなぜ非難されるのか?(2018/09/17)
「#MeToo」時代のセクハラ問題を考える(2) 性被害者が受ける二重の苦しみ(2018/09/24)