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宇宙の膨張速度、ビッグバン直後より5~9%速いことが判明

市販カメラなど活用のスタートラッカーで新たな宇宙技術プログラム 東工大・東大

東京工業大学と東京大学のグループが昨年12月25日、小型実証衛星1号機(RAPIS-1)に搭載する実験装置「Deep Learning Attitude Sensor(DLAS)」を発表した。宇宙航空研究開発機構(JAXA)の革新的衛星技術実証プログラムとして初の試みで、超小型人工衛星を使った新たな宇宙産業分野において、日本発の技術をアピールし、衛星搭載部品の市場拡大を目指すという。この衛星は17日にJAXAのイプシロンロケット4号機で鹿児島県の内之浦宇宙空間観測所から打ち上げ、高度500kmの太陽同期軌道に投入予定。同プログラムの何が特筆すべき点なのか、以下に解説する。
 

DLASの主要ミッションは3つ。1つ目は安価で高性能な民生品を使った超小型衛星向けのスタートラッカーの実証。2つ目は深層学習を用いた世界初となる軌道上のリアルタイム衛星画像認識実験。3つ目としてその技術を応用した、地形パターン認識による衛星の三軸姿勢計測技術の実証だ。
 

その1:民生品を使ったスタートラッカーの実証

「スタートラッカー」とは、恒星を基準点とし、その配列パターンを識別することで、星1つ1つを識別する方法。人工衛星は、電力・温度などの機能維持や観測を行う際に姿勢センサーを必要とするが、「スタートラッカー」は現状もっとも高精度に姿勢を決定できる。これは人間が星座を見て星を探すのと同じ原理だ。DLASの1つ目のミッションである民生品を使ったスタートラッカーの実証では、市販カメラとマイコンを組み合わせ、視野18°×11°でおよそ7等級までの星を検出できる。軌道上で様々な条件で星を撮影し、センサーの較正を行うとともに、新規に開発したアルゴリズムで姿勢決定を行う実験と、さらに1年間にわたる長期動作試験を計画している。従来から使われている4つの星同士の角度の組み合わせで識別する「ピラミッド法」を改良したアルゴリズムを開発した。方向が分からない状態で観測を開始した場合、およそ800ミリ秒以内に姿勢を計算できるという。
 

その2:深層学習を用いた画像認識実験

精度は高くないが、常に衛星の眼下に広がる地球の画像から姿勢を推定するのが地球センサーだ。2つ目の深層学習を用いた画像認識実験では、スタートラッカーに組み込んだ2つの携帯用の超小型可視光カメラで地球を撮影し、独自開発した高速・軽量な画像識別器で800万画素の画像を16×16ピクセルに区切る。その微小領域ごとの輝度情報を入力して、2層のニューラルネットワークで被写体の確率推定をおよそ4秒で処理。これによって、緑地/砂漠/海洋/雲/宇宙など植生や土地利用を9カテゴリに識別することができる。

軌道上でのリアルタイム画像認識は、超小型衛星というプラットフォームの価値や運用のあり方を大きく変える可能性を持つ。例えば、防衛、災害監視、デブリ捕獲のための物体認識など、すばやく決断しなければ価値の下がってしまう情報は宇宙観測分野では極めて多い。これらを人間による確認なしで検知して、自律的な衛星運用を実現することも研究目的の1つだという。
 

その3:地形パターン認識による姿勢計測技術の実証

<その2>で述べた画像識別技術を応用して、衛星軌道から雲間に隠れた陸地形状を識別し、あらかじめオンボードコンピュータに搭載された地図情報と比較。これによって衛星の三軸姿勢を推定する新しい姿勢計測技術の実証が可能になる。上空500kmから地上を見渡した場合、視野に入る地形は衛星からおよそ半径2700kmの円内に制限されるため、GPSからの現在位置情報も利用することで地形パターン認識のための演算量を格段に減らすことができるという。
 

宇宙ベンチャーの台頭、目覚ましく

これらDLASの開発は、JAXAのフライトスケジュールから2年間という非常に厳しい制約の中で行われた。民生品による開発工数削減を方針としているが、高性能デバイスは放射線に弱いため、すべての搭載予定部品の放射線耐性を確認して設計されている。通常、宇宙機の新規開発は、1)要素試作、2)エンジニアリングモデル、3)フライトモデルの3ステップで進められるが、今回は要素試作にて衛星側との電気・通信インターフェースを確定。すぐにフライトモデルの設計・製造を行い、残りの期間はソフトウェア開発に注力した。このような手法は大学での衛星開発の経験をもとに検討されたもので、将来の超小型衛星開発にも応用できると期待されている。

なお、RAPIS-1の衛星・管制システムの開発、および衛星運用は、東大や東工大で超小型衛星の開発に携わったメンバーが立ち上げた宇宙ベンチャーの株式会社アクセルスペースがJAXAから受注している。これは、従来大手メーカーが主導してきた日本の宇宙開発にとって大きな転換点と言える。大学発の超小型衛星は、15年前に学生の教育目的で「手のひらサイズの人工衛星」からスタートした。これが2010年以降は民間宇宙事業にも利用されるようになり、現在では年間打ち上げ個数200機以上、全世界で1000億円規模の新しい宇宙産業を形成している。
 

民間参入で宇宙産業ビジネスの構造はどう変わるのか

同研究グループでは、DLASで獲得した衛星姿勢計測技術やオンボードコンピュータによる高度な画像処理技術を継承。世界初の超広視野紫外線サーベイ観測を目指した、観測衛星の開発を進めている。また、DLASの研究・開発で得られたスタートラッカーの設計手法、製造技術、試験技術、地上較正実験、星マッチング・アルゴリズム、組み込みソフトウェアなどの知見は、積極的に事業化が進められている。東工大発ベンチャーである株式会社「天の技」が宇宙機搭載装置の製造・販売の事業化を進めている。DLASの開発ノウハウやフライトデータを活かし、安価でありながら信頼性の高い衛星搭載品の早期市場供給を目指すという。また、特に民間宇宙事業者からの需要が高いキューブサット用のスタートラッカー開発も検討中だ。革新的衛星技術実証プログラムでは、実証2号機への搭載も決定しており、現時点では、2020年ごろの受注販売開始を目指しているという。

市販カメラなど活用のスタートラッカーで新たな宇宙技術プログラム 東工大・東大
画像提供:東京工業大学(冒頭の写真はイメージ)