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那須正幹氏の絵本を通して考える、ヒロシマ原爆(前編)

児童文学作家の那須正幹さんが2021年7月に79歳で急逝して1年になる。シリーズ「ズッコケ三人組」が50巻で完結した後、読者の要望を受けて「ズッコケ中年三人組」、「ズッコケ熟年三人組」と続いて全61巻、累計発行部数2500万部を超えるベストセラーとなった。子どもの善も悪もありのままに表現した同シリーズは、児童文学の新たな時代を切り開いたと評され、年代を問わず多くのファンがいる。

那須さんは広島県出身で、3歳の時に爆心地から約3kmのところで被爆した。屋根は爆風で半分吹っ飛んだものの、幸い母子ともに軽傷で済んだ。

後に那須さんは「子どもは未来を作る存在だ」と話し、執筆活動のかたわら、積極的に講演会などに参加し、核兵器の廃絶を訴え、子どもたちに平和な未来を残したいと情報発信を続けていた。今回は、那須さんの広島の原爆に関する本を4点紹介したい。

絵で読む 広島の原爆

絵本だと思って開くと、思いのほか科学的な説明や、年代や時間を追った史実が描かれているのに驚く。絵を描いた西村さんは1年間広島に住んで取材し、制作を行ったという。本書では原爆投下前、直後、1年後、10年後の街の様子を俯瞰的に描き、また原爆の科学的な側面や、戦争の歴史の年表も描いている。

広島の街を俯瞰的に見開きで描いた優しいタッチから、原爆投下前の穏やかでいて、戦時下で少し緊張した日常生活の雰囲気が漂ってくる。本書では、次第に緊迫してくる世界の戦況、アインシュタインら科学者の提言から始まる原爆の研究開発の経緯、プルトニウムやウラン、中性子による連鎖爆発といった原爆の構造、1945年8月15日に至る日本と世界のやり取り、その裏で着々とすすめられる原爆投下の準備などを、並行して記述している。それによって、同じ時間の中であらゆる思惑がうごめいて、その瞬間を迎えたのだということを胸がドキドキするように感じられる。本書全体を通して、原爆投下後の街の様子と生活する人々を俯瞰して見守る被災者たちの魂が描かれている。

世界での核保有数は増え、潜水艦やミサイルに搭載されるようになってその破壊力は増し、世界の辺境地では核兵器に関わる実験によって数十万人にも及ぶ被害が起こっている。これだけ核兵器が世界に存在するのにも関わらず使用に至っていないのは、広島・長崎の原爆被害が抑止力になっているのだと筆者は語る。数字に基づいた事実と私達の身近な生活の姿を描く絵により、広島の原爆についてより実感をもって感じられる一冊だ。

『絵で読む 広島の原爆』

文:那須正幹

絵:西村繁男

発行日:1995年3月31日

発行:福音館書店

ねんどの神様

戦争で父を亡くした子どもが疎開先の学校のねんど細工の授業で、戦争を起こす悪いものを懲らしめる「ねんどの神様」をつくる。その後、何十年も学校の倉庫に置かれていたねんど細工は、大きくなって歩き出す。周辺住民や町々は大騒ぎとなり、自衛隊の戦車やロケット砲、化学兵器、小型核爆弾まで登場し、多くの人的被害をもたらす。ねんど細工をつくった子どもは武器製造会社の社長となっており、政府と連携して武器を提供していた。

彼のもとにやってきたねんど細工は、「ぼくはもういなくなったほうがいいのかな。ケンちゃんはむかしみたいに戦争がきらいじゃないみたいだからね」という。彼はあわてて「子どものころと変わりないよ。戦争というやつは、憎んでいるだけじゃあなくならない。返って強力な武器で武装していたほうが…平和を保つことができるのさ」と言いつつ、小さく元の姿に戻ったねんど細工をすぐさま壊してしまうのだ。

すっきりとした風刺的な文章だが、今の世界の状況を重ね合わせずにはいられず、どきっとさせられる。

『ねんどの神様』

文:那須正幹

絵:武田美穂

発行日:1992年12月1日

発行:ホプラ社

 

後編につづく