[書評]『気仙沼ニッティング物語』震災で失われた日常を取り戻すために

東日本大震災後の宮城県気仙沼で生まれた手編みニットの会社「気仙沼ニッティング」。その歩みを記録したのが、この本だ。

気仙沼ニッティングが立ち上がったのは、震災の翌年である2012年(法人化は2013年)。当時の気仙沼では、多くの人が仮設住宅で暮らし、仕事を失った人は失業手当を受け取りながら生活していた。日々の暮らしは一見成り立っているように見えても、地域の中で物やサービスが売買され、生活が回っていくサイクルは失われていた。著者は、その立て直しは行政主導ではなく、地域の中で担い手が生まれ、関係が積み重なりながら回っていく、時間のかかる営みだと捉えている。

では、なぜ「編み物」だったのか。工場を建てることが難しい中、編み物は大きな設備を必要とせず、仮設住宅でも始めることができた。漁師町である気仙沼には、手先の器用さや編み物の文化もあった。編み物は、震災後の気仙沼でも「とにかく始められること」だった。

気仙沼ニッティングのセーターづくりは、完成まで一年近くかかることもある。価格は一着10万円を超えるものもあり、決して手軽ではない。だからこそ、一生ものとして着てもらうために、近道はなく、丁寧に編み続けるしかない。その姿勢は、会社が震災後の気仙沼で事業を続け、生活の中に根を下ろしていく姿とも重なっている。

印象的なのは、編み手たちの姿だ。間違いに気づけば、何日もかけた編み地をためらいなくほどき、また編み直す。その姿は、編み物にとどまらず、震災によって失われた日常を少しずつ取り戻していく過程そのものを思わせる。

筆者自身、本書をきっかけにしばらくぶりに編み物を再開した。編むという行為を繰り返す中で、編み物には、心の中のもつれをほどき、前に進ませる力があるのだと感じている。編み物の会社として生まれた一つの企業が、震災後の気仙沼で事業を続けていくことを通して、日常が取り戻されていく姿と重なった。

 

『気仙沼ニッティング物語:いいものを編む会社』
著者:御手洗瑞子
発行日:2015年8月20日
発行:新潮社