
[書評] 『「正しさ」の商人』・『「やさしさ」の免罪符』福島を襲った情報災害の記録
『「正しさ」の商人』、『「やさしさ」の免罪符』は福島県出身・在住のジャーナリスト林智裕氏による著作で、東京電力福島第一原子力発電所の事故にともなう風評被害問題を情報災害として捉えて分析している。タイトルは、前著は民意に支持される正しさを掲げることで影響力や利益を得る構図への問題提起、後著は弱者のためというやさしさが批判を封じ事実検証を軽視するための免罪符になっているのではという問題提起から来ている。
東電原発事故で放出された放射性物質は、チェルノブイリ原発事故に比べて大幅に少なく、セシウム137で2割程度であった。UNSCEAR(原子放射線の影響に関する国連科学委員会)の2013年の報告書では、「将来にわたり健康影響が観察される可能性は低い」とされた。
それにもかかわらず福島県の震災関連死は2331人(2022年時点)であり、津波などによる直接死の1605人を大きく上回る。これは同時に被災した宮城県、岩手県と比べても突出していて、「避難自体が人命を奪った最大の要因だった」可能性がある。もちろん根源的な原因は原発事故であるが、事故に乗じて誤情報を広めて恐怖を煽った言説が事態を深刻化させた。これが著者が問題視する「情報災害」である。
誤情報を信じて自主避難して家族が崩壊した事例も少なくない。また、健康被害が生じないことが明白になった現在に至っても、流言飛語のような虚偽情報が拡散されている。風評を流布する加害者は、信念に基づいて事実の受け入れを明確に拒否してきたと理解するのが妥当だと著者は指摘する。
そのような状況下で著者が続けてきたのは、事故直後に流言を流した識者・メディアや、その後もなされてきた週刊誌の扇情的な記事などについて記録することであった。極めつけは2021年のALPS処理水海洋放出に対するものだ。安全性と妥当性はIAEA(国際原子力機関)査察で証明されており復興にとって必要なものだったのにもかかわらず、一部のメディアや野党政治家はそれを無視して「汚染水」呼ばわりした。しかし、中国の海産物全面輸入禁止措置はあったものの、懸念された大規模な風評被害は起こらずむしろ食べて応援しようとする機運が高まったという。
著者が提案する情報災害を減らす方策は次の三つである。行政機関が正しい情報発信にとどまらず風評に積極的に反論すること。一般人もXのコミュニティノートなどの機能を活用して誤情報を正すこと。そして希望を発信し続けることだ。風評が生む絶望は、粘り強く事実と希望を共有することで乗り越えられる。
本書には随所に福島各地の復興の様子も記述してあって確かな足取りを感じ取れた。長年この問題に取り組んできた著者による情報災害の記録と提言には強い説得力がある。事実を基に冷静に議論し、互いに希望を紡いでいくことこそが、さらなる復興への道であると感じされられた。
『「正しさ」の商人 情報災害を広める風評加害者は誰か』
著者:林智裕
発行日:2022年3月31日
発行:徳間書店
『「やさしさ」の免罪符 暴走する被害者意識と「社会正義」』
著者:林智裕
発行日:2024年3月31日
発行:徳間書店

