
[書評]『これから大人になるアナタに伝えたい10のこと』生きてるだけで満点
サヘル・ローズさん、ペルシャ語で「砂漠に咲くバラ」という名を持つ彼女を初めて知ったのは、観劇した小演劇の後の短い対談の席だった。スラリと背が高く、エキゾチックな目鼻立ちの彼女は、一見すると上品なお嬢様のようにも見える。しかし本書に綴られているのは、イランで戦争孤児となった幼少期、親戚からの性的虐待、貧困、そしていじめといった、壮絶な苦難を乗り越えてきた彼女の足跡だ。
彼女の養母であるフローラさんもまた、波乱の人生を歩んだ人だった。イランの裕福な家庭に生まれながらも育児放棄された過去を持つ母フローラさんは、亡き祖母の「孤児を育ててほしい」という遺志を継ぎ、大学のボランティア先でサヘルさんと出会う。当時のイランの法律をクリアするために、自ら子を産めなくなる手術を受けてまでサヘルさんを引き取り、実家からは勘当された。それほど強い覚悟で結ばれた母娘だった。
しかし、平坦な道は続かない。日本に渡り暴力をふるう養父の元をでてからの生活は、困窮を極めた。本書を読んでいると、彼女たちを救った「小さなおせっかい」の温かさに胸が熱くなる。試食コーナーでお腹を満たしてくれたおばさん、公園生活の母子に宿と食事を出してくれた給食のおばさん、日本語を教えてくれた校長先生。彼女たちの人生を変えたのは、周囲のささやかな親切の積み重ねだった。
やがて大人になったサヘルさんは、母の勧めで世界の貧困地域や難民キャンプを巡るようになる。「敵国を恨んではいけない。戦争をした人も、家族を守るために行った犠牲者なのだから」という母の言葉を胸に、子どもたちと接する彼女の姿は、幼い頃に孤児院で見失った自分自身を取り戻す旅のようでもある。
かつて命を絶とうとしたサヘルさんを救ったのは、母フローラさんの「あなたが今、どれだけ苦しくて、自分には価値がないと思っていても、生きて息をしてくれているだけでいい。あなたが今日を生き抜いてくれたこと自体が、私にとって、そして世界の誰かにとっての奇跡なんだよ」という言葉だった。サヘルさんはこの母の眼差しをそのまま重ねるように、「アナタは生きているだけで満点なんだよ」と読者に語りかける。
また、初めてインドへ行った際、子どもにお金を恵んで母に猛烈に叱られたエピソードが印象深い。「努力の対価ではないお金は、その子の将来を幸せにしない」という母フローラさんの教え。サヘルさんにとって支援活動とは、一方的な施しではない。心を通わせ、かつて自分が欲しかった愛を目の前の子に伝えることで、自分自身をも救っていくプロセスなのだ。難民キャンプの子を抱く彼女の姿が一番幸せそうなのは、それ故だろう。
対談で、彼女は「30歳でこれまでの人間関係や全てを断捨離し、生まれ変わった」と語っていた。それは、過去の呪縛や他人の目から解放され、本当の意味で「自分の人生」を歩き出すための決意だったのかもしれない。
自分の人生を犠牲にしてまで愛してくれた母親への深い感謝。そして、言葉の力、出会いの力。本書は、傷つきながらも「自分を愛し、困難を乗りこえる力」を育んできた女性から、今暗闇の中で困難を乗りこえようとしている子どもたちへの、正直で覚悟に満ちたエールである。
『これから大人になるアナタに伝えたい10のこと: 自分を愛し、困難を乗りこえる力』
著者:サヘル・ローズ
発行日:2024年11月29日
発行:童心社
(写真はイメージ)

