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近代化の礎を辿る、明治の産業遺産 尚古集成館と仙巌園

近代化の礎をたどる、明治の産業遺産 尚古集成館と仙巌園

2015年に世界文化遺産に登録された「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」。鹿児島の構成資産である「旧集成館」を訪れた。

近代化の礎をたどる、明治の産業遺産 尚古集成館と仙巌園
尚古集成館 本館

海に囲まれ、日本の鎖国時代にも大陸と交流があった薩摩藩は、諸外国の動きを常に意識していた。19世紀になって西洋諸国がアジアに進出すると、藩主の島津斉彬なりあきらは、軍備を近代化し産業を興して国力を高めようと、日本最初の洋式工場群「集成館」を設置。集成館事業として、艦船の建造や蒸気機関の製造、鉄製大砲の鋳造などに挑戦した。明治維新後、その技術が各地に伝えられ、工業国・技術大国の原点となった。現在は博物館として使用されている尚古集成館 本館は1865年に竣工し、現存する日本最古の石造り洋式機械工場となっている。

近代化の礎をたどる、明治の産業遺産 尚古集成館と仙巌園
反射炉跡

反射炉とは、ドーム型の炉の天井で炎を反射させることで、強い熱で鉄を熔かして鋳型に流し込み、大砲を鋳造する施設。欧米列強の艦船から国を守ろうと、斉彬がオランダの書物を参考に苦心して建設した。現在は反射炉の基礎の石垣のみが残るが、かつてはおよそ20mの高さの耐火煉瓦の建物がそびえたっていた。

近代化の礎をたどる、明治の産業遺産 尚古集成館と仙巌園

尚古集成館に隣接する仙巌園せんがんえんは、江戸時代初期の1658年に島津光久によって築かれた島津家の別邸。桜島を借景とする庭園や御殿など、大名家の暮らしを今に伝えている。中国や琉球文化の影響が随所に見られ、勝海舟や篤姫をはじめ、イギリス公使パークスなど海外の要人も足を運んだという。

近代化の礎をたどる、明治の産業遺産 尚古集成館と仙巌園
錦江湾と桜島を臨む

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屋久島と種子島にだけ自生するヤクタネゴヨウ(屋久種子五葉)。樹齢はおよそ350年以上

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園内の大池。南洋植物も多く見られる
 

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