リカバリーカルチャーって何?(1)語り始めた依存症からの「回復者」たち【後編】

リカバリーカルチャーって何?(1)語り始めた依存症からの「回復者」たち【後編】

リカバリーカルチャーの意義と重要性について、薬物依存症の治療を続ける元プロ野球選手の清原和博氏の回復プロセスから考えていく今回のシリーズ。前回は、自分が薬物を使ったことで、自分と他人をどのように傷つけてきたのかを書き出す作業を行う「棚卸たなおろし」作業、そして本人は直接傷つけた相手に対し謝罪し、借金があれば返済するといった「埋め合わせ」の段階までを追ってきた。後編では、その続きをご紹介する。

解説:垣渕洋一
成増厚生病院・東京アルコール医療総合センター長
専門:臨床精神医学(特に依存症、気分障害)、産業精神保健
資格:医学博士 日本精神神経学会認定専門医

 

清原氏のカミングアウトの意味

「埋め合わせ」の次は、自分自身が後に続く人を助けるようになる。これは、回復の仕上げの段階として重要だ。というのも、「棚卸」と「埋め合わせ」によって、病的な自尊心が削られるのはよいことだが、それによってすべてのことに対して無力であると感じるようになってしまう人も多い。なので、自分にもできることがあることを経験して、健康な自尊心を育てていく。そうしてこそ、薬を使わない人生が本当に幸せだと思えるようになるのだ。

清原氏が、「自分のように苦しむ人が少しでもなくなるために役立ちたい」との思いを語り、「薬物は一時的に止められても、止め続けることは自分ひとりの力では非常に難しいことだと思います。勇気を出して専門の病院に行ってほしいなと思います」というメッセージを多くの人に届ける姿を見て、回復の王道を歩んでいるのを感じた。

依存症に対しての偏見の打破のため、彼のような著名人がカミングアウトすることは、大きな効果があるのは言うまでもないが、それ以前に、彼が1人の人間として的確な治療を受けて、回復が順調であることをうれしく思う。

私が臨床医として伴走してきた人の中には、「以前持っていた財産や名誉を全部失ってしまったけれど、回復してからの期間が、私の人生の中で最高に輝いている」「回復する中で、人間として最高の次元に成長できて幸せ」と語ってくれる人もいる。幾多の困難を乗り越えて、回復した姿を見ることは医者冥利に尽きる経験だ。

 

回復することの貴さ

そういった回復者と多く接する機会を通して、回復者はまさに、成長することの意味を知っている人たち、健康の真の価値を知っている人たちであると実感する。彼らは回復のプロセスの中で、人からの評価を恐れず、自らに正直であり、感謝し、謙そんであることを体得していく。また失敗を認め、自他を赦し、再起をはかることのすばらしさを知っている人たちだ。

このような回復者が作る文化、リカバリーカルチャーは、日本ではまだ広く知られておらず、日本語に訳して「回復文化」と呼ぶ習慣も日本にはない。これまで、一般社会に大きな影響を及ぼすほどの「回復者」が表立って発言することがなかったからである。

次回は、リカバリーカルチャーの先進国である米国の事例を紹介したい。

(写真はイメージ)

リカバリーカルチャーって何?(2)先進国・米国に依存症治療施設を訪ねて【前編】

リカバリーカルチャーって何?(3)依存症から回復した大統領夫人