リカバリーカルチャーって何?(1)語り始めた依存症からの「回復者」たち【前編】

リカバリーカルチャーって何?(1)語り始めた依存症からの「回復者」たち【前編】

「リカバリーカルチャー」という言葉をご存知だろうか? リカバリー(Recovery)は日本語に訳すと「回復」で、ここでは薬物やアルコールなどの依存症から立ち直ることを指す。リカバリーカルチャーとは、そのような「回復者」たちが作る文化のことだ。

それでは依存症からの回復とは、いったい何を意味するのだろうか? 失敗を認め、自他を赦し、再起をはかること。そこには「生まれ変わる」に等しい壮絶なプロセスがある。

昨今、日本でも著名人が薬物やアルコールなどの依存症になり、しかしそこから回復しようとする姿を公に表す機会が増えている。同シリーズでは、リカバリーカルチャーの意義と重要性について、アルコール依存症専門医である垣渕洋一氏に解説いただく。

解説:垣渕洋一
成増厚生病院・東京アルコール医療総合センター長
専門:臨床精神医学(特に依存症、気分障害)、産業精神保健
資格:医学博士 日本精神神経学会認定専門医

 

球界のスーパースターからの転落

薬物依存症の治療を続ける元プロ野球選手の清原和博氏が、メディアで依存症からの回復について語り始めた。清原氏は高校球児時代から甲子園で活躍、強豪PL学園で1年生からレギュラー選手として活躍し、2回の優勝を果たしている。プロ野球では2338試合に出場し、525本塁打(歴代5位)という偉業を成し遂げた。筆者にとっては、同世代のスーパースターだった。

その清原氏が2016年2月2日、覚せい剤取締法違反(所持)で逮捕され、5月17日、東京地裁の初公判で「現役時代はストレスやプレッシャー、不安を野球で解決できたが、引退後は解決方法がなくなった。膝の故障もあり薬物に負けてしまった。申し訳ない」と述べて起訴内容を認めた。5月31日に懲役2年6か月(執行猶予4年)の有罪判決が下され、控訴しなかったため、刑が確定した。その後、彼は薬物依存症の治療に専念した。
 

依存症からの回復のプロセス

2019年3月6日、清原氏は依存症の理解を深めるための普及啓発イベント「誤解だらけの“依存症”in東京」(厚生労働省主催)で、専門医のインタビューに応えている。弁護士に探してもらった専門医療機関で治療を受けたこと、治療を通して依存症について理解できたことがよかったことが語っている。数分間という短い時間で、簡潔で核心をとらえた言葉で語る姿に大いに感銘を受けた。

回復の初期、自分が薬物を使ったことで、自分と他人をどのように傷つけてきたのかを書き出す作業を行うという治療プロセスがある。単に「反省しています」とか「悔い改めます」と書いて済ませるのではなく、思い出せる限り詳細に書き出すのだ。在庫が帳簿と合っているかどうかを確認する作業と同じなので、これを専門用語で「棚卸たなおろし」という。自分の思い出したくない恥の歴史と向き合うことで、涙なしにはできない作業だ。

棚卸が終わったら、今度は直接、傷つけた相手に対し謝罪し、借金があれば返済するといった「埋め合わせ」を行う。これも簡単ではない。すでに相手が亡くなっていることもあるし、謝罪を拒否されることもある。しかし、この埋め合わせを行なった人は、「肩に背負っていた重い荷を下せて良かった」と一様に語る。根っこでは自信がないのに、「自分だけは薬物をやってもOK」という病的な自尊心をもって突っ張っていた人が、それを止めて自分自身と向き合うことで自然体になるのを、周囲の人たちも感じるようになる。

このような作業は、新しく生まれ変わるくらいの大きな変化を自分に起こすので、不安と恐れも多い。なので、ピア・サポーター(依存症から回復して、後に続く人を助けてくれる人)がモデルを見せ、導いてくれることがとても役立つ。清原氏が「いろんな人に支援していただいて、支えられています」と語った人の中には、ピア・サポーターも含まれているはずだ。

(後編に続く)
(写真はイメージ)

リカバリーカルチャーって何?(1)語り始めた依存症からの「回復者」たち【後編】

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