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「修復」しても「若返らせ」ないで! ベトナム「日本橋」修復シンポジウム開催

古い町並みが世界遺産に登録されているベトナム中部ホイアンで、日越友好関係の象徴ともなっている「来遠橋」、別名「日本橋」の修復に関するシンポジウムが16日に開かれ、修復に向けての気運が高まっている。ただし、どのように修復するかは慎重に決めるべきだという意見も出ており、単に新しい橋に作り変えることにより文化的価値が失われることを懸念する声もある。ベトナム紙「ザンチー(dân trí)」が17日および20日に伝えた。

ホイアンはかつて日本人や華僑の住む海上交易都市として栄えた。記録によると、来遠橋は現地の日本人が17世紀に建設し、1637年まで管理。幕府の鎖国政策により日本人が帰国すると、橋を含めた日本町は華僑の居住区となった。1763年を初めとして7回、大きな修復をしてきた。近年は、天災や人的原因により劣化が進んでおり、修復が急務とされていた。

今回のシンポジウムには、日本を含めベトナム内外の研究者ら120人が参加した。ベトナム国家文化芸術院のグエン・クォック・フン准教授は、部分修復、部分解体、全解体の3つの案を出した。日本の研究者は総じて、橋の劣化の原因を慎重に考察し評価すべきだという意見を表した。昭和女子大学の友田博通ひろみち教授は、「橋の修復を望むが、史跡の文化的価値に影響を与えたくない。修復案を見て、日本の経験に基づいた意見を日本側で出していきたい」と述べた。

シンポジウムの内容を受けて、ホイアン市のグエン・ス元書記は、「すぐに修復することは必要だが、たくさん話し合うべき。今まで、壊れたらそこを直す、という方法で修復してきただけで、橋全体に関する研究がない。もう400歳だから、若返らせようとしてはいけない。それでは、よぼよぼの老人にふさふさのかつらをかぶせるだけ。この橋はホイアン市民にとっては歴史的・文化的だけでなく、心理的に大きな意味がある。そして、ホイアン市民だけでなく、全国、世界の人のもの。修復したら違う橋になった、では困る。同じ橋であり続けさせるのが修復だ」と述べた。

参考記事
ベトナムの世界遺産ホイアンに歩行者天国開通(2015/12/16)

 
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