[書評]『被爆者が眠る島』原爆投下後、野戦病院での20日間の記録

広島港からフェリーで20分ほど渡ったところに位置する似島にのしま(広島県広島市)。ここは、1945年8月6日の原爆投下直後、多くの被爆者が運び込まれ、野戦病院となった場所だ。

本書は歴史家の永井均氏が執筆。この地についての当時の人々の日記や手記、公文書やメディアの報道などが随所に盛り込まれ、当時の状況がリアルに伝わってくる。わずか76ページの薄い冊子だが、読み応えは想像を遥かに超えた。

1章ではアメリカ国内で原爆開発が始まり、広島に原爆が投下されるまでの経緯が記される。2章以降は「似島」に焦点を当てて、原爆投下当時の島の状況、戦後の供養、遺骨発掘調査によって忘れられかけていた歴史が掘り起こされる流れが記述されている。

特に原爆投下後、野戦病院となった20日間の記録は読みながら息が詰まった。市の中心部から搬送された多くの被災者たちの無残な様子、医療従事者も医薬品も足りないなか困難を極めた救護活動の様子は、当時の凄惨な様子をまざまざと伝えている。治療の施しようがなく死者が続出するなか、遺体の処理が追いつかず野焼きにされ、火葬用に燃やす資材にも欠くようになると、防空壕に運ばれて土葬された。

「死んだ人を人間らしく扱えなかったー。」

当時、遺体の処理にあたった少年兵の言葉が、この出来事の理不尽さと異常さを物語っている。

終戦後の1945年8月末、野戦病院は閉鎖され、島には家族に見守られることもなく葬られた多くの遺体が眠り続けることになった。47年には遺族からの要望により似島での遺骨発掘と供養塔が建立され、55年には平和記念公園内に新しく建てられた原爆供養塔にそれらの遺骨が移管された。その一方で、人知れず島内に残された遺骨も少なくなく、その後も1971年、81年、90年、2004年と時を経ながら発掘作業が行われている。

史実が客観的に綴られているため、読みながら感じるのは怒りや憎しみといった感情とは異なるものの、当時の痛ましい状況や、その場にいた多くの人々の悲しみや無念が胸に刻まれていく。原爆投下前の状況から、その後に起こった出来事を時間軸で追いながら、原爆投下は止められなかったのだろうかと深く考えさせられるし、このような出来事が二度とこの地球上で起こってはないらないと強く再認識させられる。

悲しく凄惨な過去から目を背けず、歴史を通して学び、現在、そして未来を確かな意思をもって作り上げていくことの大切さを静かに訴えかけてくる、そんな一冊だ。

『被爆者が眠る島──知られざる原爆体験』 
著者:永井 均
発行日:2025年11月5日
発行:岩波書店

(写真はイメージ)