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スーパー係長 中島賢一さん「今、楽しめてる?」(1)IT出身だから見えた行政の面白さ

「仕事、楽しめてる?」スーパー係長 中島賢一さん(1)IT出身だから見えた行政のおもしろさ

特別インタビュー/公益財団法人 福岡アジア都市研究所 調整係長 中島賢一さん
(1)「行政」はなぜ面白いのか? IT出身だから見えたもの

福岡市の職員に「スーパー係長」と呼ばれる人物がいる。公益財団法人福岡アジア都市研究所(福岡市役所から出向中)、調整係長の中島賢一さんだ。
スマホゲーム「ポケモンGO」を使った新しいスタイルの町おこしイベントを企画して大きな反響を呼び、現在はその活用事例紹介の講演会のため全国を飛び回る。一方では、「超」が付くほどのゲーム好きで、プライベートでも子ども向けゲームイベントを主催し、かつ自身もプレイヤーでありながらゲーム実況のユーチューバー……と、多様な肩書(ポートフォリオ)を持つ。多忙かつ多様な顔を持つ中島さんが、これだけの仕事をこなし続けるのにはどんな秘密があるのだろうか? ご自身の活動や仕事についての考え方を伺ったところ、キーワードの一つに“マインドチェンジ”が浮かんだ。「今、楽しめてる?」と、中島さんは折に触れ、自身に問いかける。

化学からIT、IT企業から行政へ

――中島さんは前職ではIT関連にお勤めでしたよね?

私はもともとIT系の企業出身というバックグラウンドがあるんです。20年くらい前に基幹システムと言われる通信の根幹となるような、かなり固いものを作っていました。安心してもらえるサービスを提供するという仕事ですね。当時はインターネットが世間に広まり始めた頃だったので、インターネットのサービス自体を知らない人が多くて、難しいことを分かりやすい言葉で伝えて問題を解決することが大切でした。9年くらいITの世界で働いて、会社から決められたことをやるというよりは次のステップに行きたいと思って、退職して福岡県庁に行きました。

――民間から行政って全く違う分野ですが、なぜ、福岡県庁に? 

私、就職でITの世界に入ったんですけど、大学の専攻は化学だったんですよ。20年くらい前なので、まだグーグルもない頃に、大学の研究室でインターネットでモザイクというブラウザに出会って、「インターネットってすごい!」と思ったんですよね。それで「これだ」って思って6年間学んだ化学を捨ててIT系の会社に就職しました。そんな感じで、大学から企業に入る時にまったく違うスキルを積み上げたので、次に動く時にもそうしたいなと思ったんです。ちょうどIT系からの転職を考えてた時に、福岡県庁が民間企業経験者枠というのを募集してたので、それに応募してみました。後で聞いたら受験者が1200人くらいで受かったのは4人だったらしいです。私は普通の試験だと思ってTシャツ短パンで試験に行っちゃって。しかも私は熊本出身なんですけど、福岡のことは何も知らなかったんですよ。福岡県民が何万人ってことすら調べてなかったので、これはダメだと思ったんですけど、なぜか筆記試験に通って。さすがに面接はスーツで受けました(笑) それで面接も通って県庁に入り、ITを使った産業振興を担当することになりました。

――行政って民間に比べるとやや固そうなイメージがあるんですが、実際はどうでしたか? 想像と違う点は?

県庁に入ってみて思ったのは、「行政は面白い」ということでしたね。行政には社会のすべてのセクションがあるんですよ。子育て、法律、税、ITもあるし、また福岡の場合はコンテンツ、ゲームやアニメの産業振興もある。行政には何でもそろってるんです。会社だと受託の場合は大口の顧客がいて、そこからの要望に対して何かを作って答えます。でも行政ではインフラ自体を持ってるので、税金をコンビニで納められるようにするとか、社会に大きなインパクトを与えられる仕事を全部自分でできるんです。これって、小さな会社が社会に対してイノベーティブなことをするスタートアップと似てますよね。それで行政って面白いなと思いました。

ただ、ペン1本買うにしても、書類を作って印鑑を7、8個もらわないと買えないとか、その手続きの多さにはジレンマともどかしさを感じましたね。最初は「どうしよう。このまま固いものに押し込まれて、しょんぼりしちゃうのかな」と思ったんですよ。でもそういう風にやっていると、自分が福岡県庁という仕組みの中で仕事できないし、仕事をしても面白くなくて。それで県庁で働いていた期間の途中くらいで“マインドチェンジ”をしました。元々は自分らしく考えて仕事がしたいと思っていたことを思い出して、「自ら飛び込んだから、何か自分も変えて、その次に相手も変えるっていうのをしなければいけない」と、たくさん考えましたね。

スーパー係長 中島賢一さん「今、楽しめてる?」(1)IT出身だから見えた行政の面白さ

マインドチェンジを経て、自分のスタイルが見えてきた

――県庁の中での後半はどういうことをやったんですか?

最初に配属された税務課でシステム担当をしていた途中でマインドチェンジをしました。その後、デジタルコンテンツ系の部署に異動したんです。新しい部署では、自分よりIT系の知見のある人がいなくて、いわば専門家ですから、このタイミングで自分のやりたいことをやってみようと考えました。当時、県知事だった麻生渡さんが、私の前職のこともご存じで、「中島さん、やりたいことをやってみよう」と言ってくださったのも大きかったですね。それでITを使って福岡県内の中小企業の活性化を始めました。

まず最初にやったのがIT系のコミュニティの方々と仲良くなることです。彼らのイベントを手伝ったり、一緒にご飯を食べたりして、仕事に関係なく関わりを持って。そうする中で、私のバックグラウンドの話をしたり、彼らの話を聞いたり、色々と話せる仲になっていくんですよね。業界の人とのつながりが深くなると、「この業界の人はこう言ってますよ」と県庁の中の人に具体的な説明ができるようになる。実体験やエビデンスを持って提案すると、中の人たちも徐々に「産業界がそう言うなら」と理解してくれるようになりました。

私は部屋の中に閉じこもっていても何も生まれないと思うので、なるべく外に出るようにしました。それも最初は業務時間中に外に出ると、「どこに行くんだ?」みたいな感じだったので、業務後や夜とかに。でも最終的には、去年夏は仕事でポケモンGOをやっていましたけどね(笑) でも、そういう風に仕事の環境も人も変わるんですよ。ちゃんと外との関係を作り、それを中に提案して形になっていくと、こいつの言ってることは嘘じゃないなと信頼してもらえるようになる。こういう実績をもって示していくという仕事のスタイルを県庁時代に作っていきました。

それから9年間、福岡県庁で仕事をして、やり尽くした感があったので、次は民間かどこか違うところにステップアップしようかと考えてたんです。その時に、これもたまたま福岡市でITを使った産業振興とかできる人材を欲しているということで、それで行くことになりました。行政から行政に行くというのも、あまり例がないことみたいですね。

――市での仕事はいかがですか?

今は福岡市役所の中で大変自由にやらせてもらっています。私が来た当時の福岡市は、ちょうどトップスピードに乗って経済政策的なものを打ってる時で、ちょうど良いタイミングで入らせてもらえましたね。その時も「中島さんがやりたいと思うことを企画してやってください」と上司が言ってくれました。市長からは、市に入って数日くらいした時に、突然「お待ちしておりました。中島さんのことは聞いてますよ。どんどんアクセルを踏んでやってください」と、フェイスブックのメッセンジャーで直接連絡をいただいたんですよ。これにはかなり驚きましたね(笑)

――メッセンジャーで直接、市長から連絡があったんですか?

そうなんです。福岡市は情報発信に対して有効なツールは効果的につかうという考え方で、フェイスブックを積極的に使ってるんですけど、これって当時はものすごく先進的で。これを見て「いいところに来たかもしれない」と思いました。

市に来てみて思うのは、圧倒的にスピード感があるということです。県の仕事が遅いとかではなくて、県の場合は市町村をまたがって制度を作らないといけないので慎重にならざるを得ないですし、調整も多いので。そういう点で福岡市は単独な分スピードは速いですね。私、最初は行政から行政に行くことにあまり意味を感じなかったんですよ。県庁でいろんな人とつながって産業振興をして、やりつくした感があったので。でも改めて考えたら、県で自分がやっていた大きな産業振興が、本当に企業に届いてるのだろうかが気になってきたんです。なので、それを確かめたいと思って福岡市に来ました。以前は県庁で300社が満足する1つの大きな事業をしてましたが、今福岡市では300社が満足する300の事業を一個一個やってみたいなと思っています。今はほぼ毎日、一日数件いろんな人が相談に来られたり自分が行ったりして、一つ一つのプロジェクトに対して丁寧にお仕事をやっています。

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