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福島に柳美里さんを訪ねて

福島に柳美里さんを訪ねて(1) 南相馬市、被災地にできた書店「フルハウス」

2011年3月11日に起こった東日本大震災から7年が過ぎた。地震と津波被害だけでなく、東京電力福島第一原発の事故による放射能汚染で、それまでの生活が一変した人たちがいる。原発から至近距離にある福島県南相馬市。震災後もこの土地に生きる震災当事者8人の思いと言葉を、作家の柳美里さんが集め、物語として紡ぎ出した演劇作品『町の形見』が10月、現地で上演された。今回、筆者は同作品を観に行く機会を得て福島を訪れた。その時の見聞を3回に分けて紹介していきたい。
 

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柳美里さんが自宅の一部を使って運営している書店「フルハウス」
 

「被災地」にできた新名所

「よかったら、いたいだけここにいてください。次の電車が来るの、1時間後だから。このあたりってほかに何もないんですよ」
その日初めて会ったばかりの筆者と友人に、柳美里さんは気さくにこう言った。

場所は南相馬市小高区(全域が福島第一原発から20km圏内にある)、常磐線小高駅のすぐ近くにある「フルハウス」。柳さんが自宅の一部を改造して営んでいる書店だ。店内はフリーWi-Fiが使用可能。「ご自由に充電してください。飲み物の持ち込みOKです」と柳さん自身の手書きのメッセージが、細長いテーブルの上に載っている。長居をしながら本を読めるように椅子も置いてあるという心配りだ。ちなみに柳さんが主宰する青春五月党の演劇は、書店裏手の自宅ガレージを改造したスペースで上演されていた。
 

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Wi-Fi使用、充電、飲み物持ち込み可。お客がいたいだけいられるコンセプトだ

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柳さん本人も店番や接客をしている
 

「本は消費されるものではない」

フルハウスに並んでいる本は柳さん自身が選んだものと、「24人の20冊」と題された、柳さんの友人知人である著名人24人が選んだ本とで構成されている。医師で作家の鎌田實さんの「もし自分が10代に戻ったら読みたい本20冊」や、詩人の和合亮一さんの「思わず詩が書きたくなる20冊」など魅惑的なコンセプトが満載だ。

書店に足を踏み入れて、わくわくする気持ちになったのはいったいいつ以来のことだっただろう、と考えた。柳さんは、本とは「読み終えても消費されるものではない」と言う。なぜなら本は「他者であると同時に自分自身」であり、「その人の人生に影響を及ぼすもの」でもあるから。しかし私たちはふだん、いったいどれだけの「消費されて終わってしまう本」に囲まれて生きているのだろうかと思いをめぐらせた。

ここにある本はすべてが、書き手と読み手の愛によって選ばれている。そして、柳さんの著書はすべて直筆のサインとメッセージ入り。本棚のいたるところから、書き手と読み手の息遣いが伝わってくるようで、「生きた書店」という言葉がぴったりだと思った。

フルハウスでは定期的に輪読会や、作家を招いての自著の朗読会も開催されており、東京から遠路はるばる車で訪れる人も多いという。
 

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本を愛する人たちの手書きのメッセージがあふれる店内

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柳さんの友人知人24人の20冊は、書店の目玉のひとつ
 

柳美里さんを南相馬へ引き寄せたもの

柳美里さんは2011年の震災直後から南相馬市に通い続け、臨時災害放送局のFMラジオ番組で、無償でパーソナリティーも引き受けてきた。そして2015年4月からはこの土地に柳さん自身が居を構えている。原発事故によって故郷を奪われ、避難生活を余儀なくされた福島の人々に共感し、何かをせずにはいられなかったその理由を「おそらくわたしが朝鮮戦争によって故郷を追われ、今も分断されたままの故郷を持つ『在日』だからです」(『国家への道順』より)とも綴っている。

そして、それ以外にも柳さんを惹きつけたものが、「大きな成功も大きな失敗もないこの町で」「丁寧に暮らしている人々」の姿だったのだというのが、実際にこの場所を訪れてみると実感できた。

昭和の香りがそのまま残っている素朴で寂しげな街並みと自然風景。そこで出会う人々は、タクシーの運転手からコンビニの店員にいたるまで、丁寧で礼儀正しかった。その人々から普通の日常を奪い去った震災被害と原発事故。事故を起こした福島第一原発で生産される電力はすべて東京で消費されるためのもので、地元の福島では1ワットも使われていなかったという。
(次回に続く)
 

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書店フルハウスのある小高駅前の街並み

(冒頭の写真は常磐線小高駅。南相馬市小高区は、東京電力福島第一原発から20km圏内にある)
 
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