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福島に柳美里さんを訪ねて (3)

福島に柳美里さんを訪ねて(3)『町の形見』が語りかけるもの

「ふるさとを返せと叫びたくなりて 外に出ずれば満天の星」

これは、福島県南相馬市原町区に住む高橋美加子さんが詠んだ歌だ。南相馬市原町区は全域が福島第一原発から30km圏内にあり、2011年の東日本大震災で地震と津波被害に遭っただけでなく、放射能汚染の危険からその大部分が震災直後「避難指示区域」となった。「ふるさと」という言葉に込められた万感の思い。高橋さんは今回、柳美里さんによる演劇作品『町の形見』に話者の一人として出演した。震災経験者の生身の言葉で綴られるこの作品は、それを観た人に「演劇を観た」というよりは「ものすごい体験をした」という感覚を残す。『町の形見』は、東日本大震災に実際に遭遇した8人の南相馬市民を「話者」として迎え、7人の俳優を「演者」として組み合わせるという構成で、舞台上には不思議な世界が出現する。
 

福島に柳美里さんを訪ねて (3)
8人の「話者」と7人の「演者」による『町の形見』ラストシーン
 

消えていく言葉をすくい上げた作品

「私にとって芝居はお葬式です」と柳さんは言う。現実で体験した悲劇、痛苦に姿かたちを変え、弔い悼むことをしたい。葬式であるならば、丁寧に弔ってあげなければいけない。そして死者にも語ってほしい――。

『町の形見』は、東日本大震災をテーマにした話であるにも関わらず、2時間以上に及ぶ長い上演時間の中で、震災についての話が集中して語られる場面は実はごくわずかだ。でもそれは、何の違和感もなく観客である私たちに受け入れられていた。なぜなら、この物語を構成している話者の8人は、震災以前にもっと長い人生の時間を生きてきたのだから。福島で市井の人として生きてきた8人の人生を通して、震災が奪い去って行ったものと、そして今もその場所に生き続けている彼らの生の尊さが浮き彫りになっていく。

脚本は、柳さんが話者をインタビューして構成しており、セリフはすべて話者本人が語った言葉だという。冒頭に紹介した話者のひとり、高橋美加子さんは「本来ならば消えてしまう言葉がすくい上げられ、セリフとして語っているうちに心の変化が起きた」と語っている。
 

福島に柳美里さんを訪ねて(3)
当事者である話者を目の前にして、彼らの記憶を預かって演じる演者
 

大切な人の記憶を預かるということ

筆者が特に強い印象を受けたものとして、別の話者、矢島秀子さんが亡き夫の子ども時代の悲惨な戦争体験について語る場面がある。第2次大戦末期、日本統治下にあったマリアナ諸島のテニアン島で、日本軍は日本人の一般住民を死に追い立てた。そのエピソードが、矢島さんのか細く澄んだ声を通して語られるとき、そこには聞き手の胸を揺さぶる迫力があった。柳さんの言葉を借りるならば、「自分の大切な人の記憶が、自分の中に流れ込んで来て語る」のだという。

『町の形見』にはさまざまな対比の構図が入っている。震災を実際に経験した当事者である「話者」と、当事者の記憶を預かって演じる「演者」。話者が語る「過去」と「現在」。そして、ひとりひとりのかけがえのない人生と、それを奪おうと襲いかかる運命…。

ここで今一度、東日本大震災の悲劇を振り返るとき、原発事故が自然災害ではなかったことにも思い至る。東京への電力供給のために稼働していた、巨大なリスクをはらんだシステム。それが福島で起こした大災害は、戦争によって住む場所や大切な人を奪われることの不条理とどこか似ている。
 

福島に柳美里さんを訪ねて (3)
廃墟のように見える舞台スペースには、傾いた黒板が立てかけられていた
 

傷ついた風景の中で掘り当てた生命の泉

『アレクセイと泉』(2002年、本橋成一監督)というドキュメンタリー映画がある。

1980年代に旧ソ連で起こったチェルノブイリ原発事故後、放射能に汚染されたベラルーシ共和国東南部にある小さな村ブジシチェが舞台。畑からも森からも放射能が検出されるのに、この村にある泉からはなぜか放射能が検出されないという不思議な実話だ。村人たちは言う。「なぜって?それは100年前の水だからさ」

今回、福島を訪れた時に、なぜかこの映画が頭をよぎった。「泉」に象徴される人間の生命力の不思議。生まれ育った場所で丁寧に、そして善良に日々の生活を生きてきた人々。そういった人々の思いや言葉をくみ取り、演劇という形に昇華させた柳さんの仕事は、この南相馬という傷ついた風景の中に、生命の泉を掘り当てるような作業だったのではないかと思った。

私たちはみんな、限られた時間の中で与えられた生を生きている。自分だけでなく他人の生も同じように愛おしく、尊い。『町の形見』は、そのことに気づかされる体験だった。

写真提供:柳美里さん
(冒頭の写真は、柳美里さんの自宅敷地内に作られた「LaMaMa ODAKA(ラママ・オダカ)」。80人が入れる劇場だ。)

 
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