[書評]『「いいね!」戦争 兵器化するソーシャルメディア』
「いいね!」という馴染みのある言葉が表紙を占める本書だが、本文は前置きなく第1章からすぐに「開戦」し、米大統領選や自称イスラム国(ISIS)の攻撃でのソーシャルメディアの利用といった、近年起きた臨場感のある話で始まる。続く第2章「張り巡らされる『神経』」では、インターネットの開発と普及の歴史、それ巻き込まれていく人々の様子と社会の変化が丁寧に書かれている。本文中に出てくる年代表記は1990年代以降が多く、数年ごとに状況が変わっていく様を読みながら、今使っているソーシャルメディアがこんなにも短時間で地球を飲み込んでしまったのかと気づかされる。
ネット上の架空の人が世論を動かすこともある
第3章から7章ではソーシャルメディアを使って、世界の戦争がどのように発達したのか、ツイッターやフェイスブックといったソーシャルメディアを使って、テロリストたちはどのように人々を巻き込んでいったのかが詳細に書かれている。中国のソーシャルメディア内での思想統制、ロシアの敵国を混乱させる大規模で巧妙なツイッター戦略、米大統領選でのトランプ氏のツイッターでの票集めなど、ニュースで見る近年の戦争、選挙の裏側がこれほどまでにソーシャルメディアまみれという事実に驚愕する。そしてまた読者は、すべて「真実」な内容とは限らないつぶやきによって人々が団結し、存在すらしてないネット上の架空の人が世論を動かし、それを「いいね!」と拡散する人たちの混沌とした状況を知るのだ。ソーシャルメディアでの言い合いが、ネット内を飛び出して、現実での戦争につながり、戦場での作戦がソーシャルメディアからの情報で決定される。もはや、人をつなぐコミュニティスペースを超越してしまったのが、現代のソーシャルメディアの世界だ。日本でもソーシャルメディアによる誹謗中傷、いじめ、嫌がらせは社会問題になっているが、世界ではソーシャルメディアを通して国境を越えて他国の戦争や政治活動に介入している人達がいるという事実は、まだ日本では多くは取り上げられていない。
終盤の第8章では、人々のつぶやき、気軽な「いいね!」が戦争を引き起こす収集のつかない混沌状態は一人一人の行動の結果でもある一方で、ソーシャルメディア内で起こっていることはそれを開発した者たちが決めたルールの中で起こっているという事実が書かれている。ソーシャルメディア企業の利益になるような投稿は統制せず、目的に反するものは自動削除されるという。どこまで検閲するか、プライバシーの侵害にならないか、排除すべき画像と拡散したい画像の境界線はどこなのか――、開発者の思いと利用者の思いがすれ違いぶつかる。始まりは微弱で、小さな自分の欲求のためにエンジニアが作ったソーシャルメディアは、今では開発者たちも統制できないほど大きく広がってしまっているのが現実だ。
ソーシャルメディア教育の必要性
最後に筆者たちは「私たちは何を知っているか、何ができるか」と問題解決方法を提案するも、多くは語ってはいない。これは、まだソーシャルメディアで起こっていることの完全な対応策が見つかっておらず、試行錯誤状態であるからだと察する。さらにソーシャルメディアの拡大を止めることは難しく、逆にそれを使いつつ、国家の安全保障、政治参加のための教育を行うことを提案している。そしてソーシャルメディア企業は、自社の予期せぬ政治的・社会的・道徳的な影響について、先を見越して検討しなければならないと話を締めくくっている。
本書はソーシャルメディアで起こっている「いいね!」戦争を解決することを目的としているわけではない。21世紀の新種の「いいね!」戦争には誰もが参加しうる可能性があるとして、「リアルな恐怖を読者に真正面から突きつけている」のだ。読者はこの突き付けられた恐怖を払拭するため、また将来同じ恐怖を繰り返さないために、日々「いいね!」というボタンを目にしながら、深く考える必要があるだろう。ソーシャルメディアを利用している人、これから利用する人にはぜひ読んでほしい一冊だ。
(冒頭の写真はイメージ)
書誌情報
『「いいね!」戦争 兵器化するソーシャルメディア』
著者:P・W・シンガー、エマーソン・T・ブルッキング
訳者:小林由香利
発売日:2019年6月20日
定価:本体2400円+税
発行:NHK出版