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新型コロナウイルス流行で問われるクライシスコミュニケーション ―311の教訓は生かされたのか?― 後編

新型コロナウイルス流行で問われるクライシスコミュニケーション ―311の教訓は生かされたのか?― 後編

2月1日、大型クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」から香港で下船した乗客に、新型コロナウイルス感染が確認された。同クルーズ船は3日に横浜港に到着、日本政府の検疫下に置かれた。感染拡大を防ぐために乗客・乗員3700人が、集団感染の危険がある船内に留め置かれるという異常事態の中、2月19日、神戸大学感染症内科教授の岩田健太郎氏が船内の様子をYouTube上で告発し、内外に衝撃を与えた。

解説:松木明子
医療ジャーナリスト。災害医療を専門にしている。

 

なぜ岩田医師の告発は反響を呼んだのか?

前回述べた岩田教授と厚生労働省の高山医師の議論について、そのどちらが正しいかを論ずることは重要ではない。クルーズ船における感染対応について2人の専門家の言うことはどちらもそれなりに意味があり、約3700人という一つの村に匹敵する乗客・乗員への対応に、あまりにも少ない資源で対応せざるを得なかったスタッフが最善を尽くしたことは想像にかたくない。そこに、仮に理論的には正しかったとしても外部から足りない点を指摘することは建設的なやり方ではなかっただろう。それを理解したからこそ、岩田医師は自分の動画を削除したと思われる。

ここで重要なのは、岩田医師のYouTubeの内容に対してどうしてこれほどの反響があったのかについて考えることだ。クルーズ船では毎日新たな感染者の報告があり、重症者、死者も発生した。クルーズ船内での対応の問題は乗客のSNSから発信され、外側にいる私たちはこの中で何が起こっているのか不安を持って眺めるしかなかった。日本政府がどれほど認識していたのかはわからないが、全世界がクルーズ船における日本の対応に注目していたのも確かだ。

そこに岩田医師は専門家として、自分の目で見た具体的な報告を行った。だからこそ一般市民も医療者も、諸外国の報道機関もその内容を取り上げたのだ。もっと早く感染症の専門家が入り、DMAT(災害派遣医療チーム)や自衛隊がどのように感染対策を行っているのかについて公表していたら、岩田医師がこのような行動や発言をする必要もなく、政府の対応がなされた上でこのような事態になっていること、問題がどのように深刻であるかを一般市民も理解できただろう。岩田医師の発言があったあとも、公的には具体的な説明は結局なされなかった。
 

政府は国民の不安にどう応えるのか?

今の新型コロナウイルス感染症の問題に求められていることは、実際のリスク(感染の蔓延化、重症化、致死率)だけでなく、政府が国民の不安にどう応えるかにある。政府の対策のほとんどは感染の抑制、重症者の対応に焦点が当てられ、一般国民の不安はなおざりになっている。このことを象徴するのが、2月25日時点でのPCR検査体制について「肺炎による入院患者に焦点化していく」と述べられたことである(現在では、医療機関での検査オーダーができる方向にシフトしているようだが)。

不安の軽減に有効なのは具体的な目安だ。放射線に対してはガイガーカウンターであり、ウイルスではPCRに代表される検査である。また、医療機関の受診や電話相談など専門家に相談できる体制もそこに含まれるだろう。「リスクコミュニケーション」という言葉が東日本大震災後知られるようになってきたが、リスクコミュニケーションは本来危機発生前の段階においてなされるものであり、今回のようにすでに危機が発生した後の対応は、「クライシスコミュニケーション」と呼ばれる。

クライシスコミュニケーションは、“危機発生後にメディアやステークホルダーに対して危機に関する情報提供、説明を行うとともに、情報を交換し合う双方向のコミュニケーション活動(江良俊郎,2012)”と定義されている。今、国民の不安に必要とされているのは、このクライシスコミュニケーションではないだろうか。
 

クライシスコミュニケーションとは何か

クライシスコミュニケーションで重要なのは、「真実性」と「透明性」とされている*。ここでの真実性は「現実を誠実に伝えること」であり、透明性とは「何ごとも包み隠さず積極的に情報公開すること」である。これらが対応の主体(この場合は政府)から伝えられないときに、人々はメディアやネットの不確かな情報に頼り、それを信じるようになる。その結果、あとで政府が誠実に接したとしてもそれを信用できなくなるのである。

現在、警戒レベルが上がり、人々は脅威をますます身近なものとして感じ、不安が高まることによっていわれのない中傷や差別など、有害な事象が起こることが懸念される。2011年の福島第一原発事故で私たちはすでに、クライシスコミュニケーションの重要性について学んだはずである。危機は変革のチャンスでもある。私たちは同じ愚を繰り返さないよう変わらなくてはならない。
 

【引用文献】
*井上邦夫:リスクマネジメントと危機管理 : コミュニケーションの視点から、「経営論集」86,101-111,2015より

(写真はイメージ)
 

新型コロナウイルス流行で問われるクライシスコミュニケーション ―311の教訓は生かされたのか?― 前編

新型コロナウイルス流行で問われるクライシスコミュニケーション ―311の教訓は生かされたのか?― 中編