アインシュタインとフロイトの往復書簡『ひとはなぜ戦争をするのか』

『ひとはなぜ戦争をするのか』は、物理学者のアインシュタインと神経病学者で精神分析の創始者とされるフロイトの往復書簡だ。手紙を通じ、両者が交わした対話と思考の変遷を垣間見ることができる。

1932年、アインシュタインは国際連盟から、人間にとってもっとも大事だと思われる問題を取り上げ、もっとも意見を交換したい相手と書簡を交わす、というプロジェクトを持ちかけられた。

アインシュタインが選んだテーマは「人間を戦争というくびきから解き放つことはできるのか?」。意見交換の相手はフロイトだった。

当時、物理学者のアインシュタインは53歳、心理学者のフロイトは76歳で、どちらもユダヤ人だった。ナチスドイツが勢力を拡大するなか、アインシュタインはアメリカへ、フロイトはロンドンへ亡命するという共通点があった。

アインシュタインはフロイトへの書簡の中で、戦争の問題を解決するためには、すべての国家が協力して一つの機関をつくり、そこに国家間の問題についての立法と司法の権限を与えることを提案する。しかし実際に、そのような強い権限を持った機関の設立は、当時は困難だった。

アインシュタインは結局、「人間には憎悪に駆られ相手を絶滅させようとする本能的な欲求が潜んでいる」と結論づける。そして書簡の中で、「人間の心を特定の方向に導き、憎悪と破壊という心の病に冒されないようにすることはできるのか?」とフロイトに問いかけた。

これに対しフロイトは、権利(法)と暴力に触れる一方で、精神分析の欲動理論を取り上げる。人間の欲動には、保持し統一しようとする「生の欲動」と、破壊し殺害しようとする「死の欲動」の二つがあるという。

後者を悪と捉えがちだが、実際にはどちらの欲動も人間になくてはならないもので、どちらか一方を善、他方を悪とは決めつけられない。なぜなら、他者を愛し生命を保持したい欲動がある一方で、攻撃的なふるまいができなければ自分を守ることはできないからだ。

二つの欲動が促進し合ったり対立し合ったりすることで、生命のさまざまな現象が生まれ出てくる。結局フロイトは、人間から攻撃的な性質を取り除くことはできないとした。

またそれと同時に、フロイトは「なぜ人は戦争に強い憤りを覚えるのか?」という問いも立てている。そしてそれは、私たちの体と心の奥底から戦争への憤りを覚えるからだとしている。私たちは相反する二つの欲動を持つ一方で、遺伝子レベルで憎悪や破壊を拒む心が組み込まれているのだ。

では、どのようにして欲動を収めることができるのだろうか?

フロイトは「文化」(文明ともいう)の発展をあげる。文化は知性を強め、欲動をコントロールすることにつながるからだ。実際に文化が発展した現代では、婚姻や出産が選択的となり多様性が認められ、生の欲動がコントロールされていると言える。

戦争を起こすのも、そのくびきから解き放つのも、私たち自身だ。フロイトは、「汝、隣人を汝自身のごとく愛せよ」という聖書の一節を引用した。他者を愛し認めることで生の欲動を呼び覚まし、他方で死の欲動を収め、先天的に刻み込まれた戦争に対して憤る心に一人ひとりが立ち返ることを切に願う。

 

『ひとはなぜ戦争をするのか』
著者:アルバート アインシュタイン、ジグムント フロイト
発行日:2016611
発行:講談社

(冒頭の写真はイメージ)