
[書評]『黒い肌と白い心』混血孤児を愛し抜いた沢田美喜の生涯
戦後の焼け野原となった日本で、生み落とされては棄てられていった「混血孤児」たち。彼らを抱きしめ母となり、GHQや日本社会の激しい偏見と闘い抜いた一人の女性がいた。混血孤児の養護施設「エリザベス・サンダース・ホーム」の創設者、沢田美喜である。
本書『黒い肌と白い心』は、三菱財閥の創業者・岩崎弥太郎の孫娘という名門の令嬢として生まれながら、その富と地位をすべて投げ打ち、孤立無援の福祉活動に生涯を捧げた彼女の疾風怒濤の半生を記した自叙伝である。
タイトルの言葉は、美喜が欧州で出会った黒人舞踏家ジョセフィン・ベイカーが差別に対して発した信念に由来する。外見や肌の色で人間を判断する社会に対し、努力と意地で立ち向かう姿に教えられた美喜は、自らの人生の使命を確信し、子どもたちのために走り抜くこととなる。
美喜の桁外れの行動力と不屈の精神の根底には、民のために立ち上がり殉教した曽祖父や、毅然とした祖母の教えから受け継いだ「反骨精神と深い慈愛」があった。幼少期から英才教育を受け知性を養った彼女は、やがて聖書の「汝の敵を愛せよ」という言葉に衝撃を受け、家族の反対を押し切って聖書を学んでいく。結婚後、外交官夫人として世界各国の社交界で華やかな日々を送る美喜だったが、豪奢な暮らしの中で「物質的な豊かさの虚しさ」を募らせていった。また、欧米で目撃した人種差別や、ロンドンで訪れた孤児院で子どもたちを大事に育て教育している姿は、彼女の心に将来歩むべき道の種をまいていった。
敗戦後の日本で、彼女の運命を決定づける出来事が起きる。混雑する電車内で、網棚から落ちてきた風呂敷包みの中にあったのは、新聞紙に包まれた黒い赤ん坊の冷たい遺体だった。濡れ衣を着せられ連行されそうになったその瞬間、美喜の耳に神の静かな声が響く。「なぜ、日本国中の、こうした子供たちのために、その母になってやれないのか」―。この啓示を受け、彼女は残りの人生を捧げる覚悟を決めた。
財閥解体により資産を失っていた美喜は、かつての岩崎家別邸を買い戻すため途方もない大金を集め、奇跡的に「エリザベス・サンダース・ホーム」を設立する。しかし待ち受けていたのは冷酷な偏見だった。日本人からは「国の恥晒し」と蔑まれ、米軍からも排斥される中、彼女は自ら交渉に乗り出し、家財や骨董品を売り払ってミルク代に変えた。
国内外から寄せられるささやかな善意を元に、子どもたちのために学校を作り、職業教育を行い、海外への養子縁組やブラジル農園の開拓にまで奔走する。委縮することなく堂々と生きなさいと子どもたちを励まし、辛いときは十字架の前で涙して祈り明かしながら、命を育て続けた。
本書の底流をなすのは、聖書の「狭い門から入れ」という教えである。裕福で平穏な一生を送る道をも捨て、自ら茨の道を選んだ沢田美喜。彼女は子どもたちを愛し抜く日々の中で、決して金銭では買えない「真の幸福」を噛み締めた。本書は現代を生きる私たちに、本当の豊かさとは何か、そして人間の尊厳とは何かを力強く問いかけている。
『澤田美喜―黒い肌と白い心 (人間の記録)』
著者:沢田 美喜
発行日:2001年1月25日
発行:日本図書センター
(写真はイメージ)

