• Talent
  • 一人ひとりの多様な個性・才能が生かされる社会に
  • HOME
  • Talent , 特集
  • [書評]『冥王星を殺したのは私です』研究者の熱意が常識を覆した時

[書評]『冥王星を殺したのは私です』研究者の熱意が常識を覆した時

太陽系の惑星が9個とされたのは1930年の冥王星発見から2006年までのことであり、2005年のエリスの発見を契機に冥王星は矮惑星(準惑星)に再分類された。冥王星を惑星でなくした張本人が本書の著者マイク・ブラウン、カルフォルニア工科大学の惑星科学部の研究者である。本書には研究のことばかりでなく、妻との出会いや長女の誕生などの私生活のことも書かれ、研究者の人生が伝わる読み物になっている。

1999年、著者は同僚と「2004年末までに誰かが新しい惑星を見つけるか」という賭けをした。当時は冥王星の軌道の外に外縁天体が数百個見つかっていたがどれも冥王星よりはるかに小さいものばかりだった。著者は1997年に助教授になって、時代遅れの写真乾板式のシュミット望遠鏡で全天の15パーセントを撮影、その写真から動く星、惑星を探したが、3年の労苦は無駄に終わった。

2001年から再び惑星探しに戻る。コンピュータ制御の望遠鏡でデジタル撮影することによって感度も効率も上がった。2002年6月、冥王星の半分くらいのクワオアーを発見。

2003年には3回目のプロジェクトとして、今まで探していなかった場所に取りかかった。カメラの質が悪く、判定作業のあまりの大変さに音を上げてやめようとしたが、指導していた院生に探し続けるように助言されて覚悟を決める。その年の11月、今まで誰も何も発見したことがない冥王星軌道の3倍以上の距離の場所にセドナを発見した。大きさは冥王星の4分の3程度であった。

2005年、さらに発見した冥王星の3分の1程度の大きさのハウメアと、それより大きいエリス、マケマケについての調査と長女の誕生が重なって大忙しの時に椿事が起きた。先行して学会発表しようとしたハウメアが、スペインの研究者から先に新天体として発表されてしまったのだ。著者は天体を観測した望遠鏡の履歴がGoogle検索に引っかかることに気づき、ハウメアだけでなく、エリスとマケマケについてもその時点でわかっている情報を公開した。結果的に冥王星より大きいエリスの公表で「第10惑星発見」と大騒ぎになった。

相次ぐ発見で、惑星とは何かが改めて問題になった。2006年8月の国際天文学連合総会での決議で、惑星は8個とされて冥王星は惑星ではなくなった。世界的に惜しむ声も多かったが、分類はより整合的なものとなった。こうしてハードルがかなり高くなったが、またしても著者は新惑星を探すことに挑戦すると決意した。 軽妙な語り口で描かれるのは、未知の惑星を探し求める熱意と研究の現場のありありとした実情である。発見の喜びだけでなく失意もトラブルも経験しながら、それでも進んでいく。本書を通して、惑星を探すことは我々の太陽系の成り立ちを理解することであり、研究者の情熱が世界への認識を変えていくのだということを実感させられた。

『冥王星を殺したのは私です』
原題:How I Killed Pluto and Why It Had It Coming
著者:マイク・ブラウン
訳者:梶山あゆみ
発行日:2012年5月22日(原著2010年)
発行:飛鳥新社

(写真はイメージ)