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[書評]広中平祐『学問の発見』フィールズ賞数学者が語る学びの本質

広中平祐(1931-2026)は今年3月に94歳で亡くなった数学者。代数幾何学における一般次元での「特異点解消」問題を解決して、数学のノーベル賞と称されるフィールズ賞を受賞したことで知られる。本書は、著者の広中氏が若者に向けて学問の愉しさと喜びを語った自伝的な随筆だ。

広中氏は山口県由宇町(現・岩国市)の商家の出身。裕福だった家計は敗戦によって没落したが、父親は息子に商売を継ぐことを望み、学問の道を進むことに賛成はしていなかった。

1954年に京都大学理学部に進学。そして、3年生のセミナーで特異点解消の問題に出会う。ジェット・コースターの軌道自体は滑らかな曲線を描いていても、地上に落ちたその影には交差した点やとがった点が現れる。こうした特異点のある図形をない図形に変換して取り除くにはどうしたらいいかという問題を、仏のいる世界と人の世の関係に似ているのではないかと直感したという。その8年後、広中氏はこの難問を解決することになる。

1957年、米国ハーバード大学に留学、3次元での特異点解消を解明したザリスキーに師事する。1959年にはフランス高等科学研究所に研究員として半年滞在し、グロタンディエグに学ぶ。米国に戻り博士号を取得し、ブランダイス大学の講師となる。

1964年、特異点解消の論文を発表。これは当時、数学史上最長の論文と言われた。後になって、広中氏はこれまでの数学者としての全ての歩みが、直接間接にこの問題を解くことに貢献していたことに気づいたという。特に、それぞれに創造的な仕事をしていた師に学んだことが急速に収束していった実感があり、このような状況に導いてくれた何者かに心からの感謝を感じざるを得なかったと述べている。同年、コロンビア大学の教授に就任。そして1970年、フィールズ賞を受賞した。

本書で、著者がこの問題解決を通して語るのは、より普遍的な学問に向かう姿勢だ。例えば、創造することには喜びもあるが生みの苦しみもあり、あるきっかけからどんなにつたなくても書かなくてはならないと最初の論文を投稿したこと。優秀な人たちと席を並べることになっても嫉妬せず、自分は自分と割り切ることができたこと。2年間悩みぬいた理論を他人に先に越されてしまった時に、成功体験によって素朴な心を失ってしまったことを痛感し、「素心深考」を座右の銘にしたこと。著者のこうした率直な語りの一つ一つが、静かに胸を打つ。

1975年以降、広中氏は活動拠点を日本に移し、京都大学の教授や、晩年は山口大学の学長も務めた。本書も教育者の視点から語られており、創造の愉しさ、喜びは自己の中に眠る才能、資質を掘り当て、自分をより深く認識理解することだと語る。学問を志す全ての人を静かに、かつ力強く励ます一冊である。

『学問の発見』
副題 数学者が考える「考えること・学ぶこと」
初刊:1982年
発行日:2018年7月20日
発行:講談社ブルーバックス