
おりんが奏でる、たましいを導く音 — 山口久乗『音心具』がつなぐ祈りのかたち【前編】
富山県高岡市。400年前、加賀藩二代目藩主前田利長が職人を招き、産業の礎を築いたこの地は、金属加工の炎を絶やさず守り続けてきた。その高岡で明治40年の創業以来、「音」を磨き続けてきた工房が「山口久乗」だ。
彼らが作り出す『久乗おりん』は、仏壇の前という限られた場所を飛び出し、私たちの日常に静寂と癒やしを届けている。「おりん」は、金属製のお椀のような形をした伝統的な仏具のこと。祈りの前に「りん棒」と呼ばれる棒で叩くことで、深く澄んだ音色を響かせる。
しかし近年、供養や祈りの形は大きな転換期を迎えているという。住環境の変化やライフスタイルの多様化に伴い、「大きな仏壇を置くことが難しい」「宗教的な形式よりも、もっと身近に故人を感じたい」という声が増えてきたのだ。そんな願いに応えるべく、山口久乗が提案したのが『音心具』だった。これは澄んだ音を奏でる“おりん”などの「音具」と、 ほんのわずかな遺骨や大切な形見などを納める“かたみいれ”などの 「心具」を自由に組み合わせたものである。
伝統の技術はいかにして現代の心に届く響きへと進化したのか。そして、彼らが提案する新しい供養のカタチ『音心具』に込められた想いとは。深い余韻の向こう側にある、ものづくりの真髄について、取締役の山口直子氏に話を聞いた。
伝統を「今」に繋ぐ——仏具からの脱却
—— 伝統工芸の世界では時代の変化が課題ですが、山口久乗は時代に合わせて非常に柔軟に対応されている印象です。
ありがとうございます。弊社は自社で製造ラインを持たないファブレスメーカーです。高岡は分業の街ですから、必要に応じて必要な職人の技を駆使してものづくりをしています。
もともと高岡銅器の仏具を扱う問屋でした。時代の変化の中でライフスタイルに合わせた新しいデザインの仏具をつくりはじめてファブレスメーカーとなりました。
近年、家でお仏壇をお祀りする環境が更に大きく変化してきたので、仏具の中でもおりんの「音」に、会長である主人(山口敏雄氏)が関心を持ち、強く惹かれたのです。
おりんの音を純粋に「音」として、皆さんの普段の生活にお届けしたらどうだろう、と考えたのです。
—— 宗教の枠を超えて、音が求められていると。
そうですね。古い時代、宗教も何もない頃、地中から金属を取り出して「音」にした時、音は神様が民を治めるのに使われたものだったかもしれないですね。それが後に宗教と結びつき、「宗教の音」という一つの側面でしか見られなくなってしまった。私たちはその枠を外して、現代の日常に「音」としてお届けしたいと願っています。
今の時代、仏壇の前で手を合わせる習慣がだんだんとなくなっていますよね。お寺が経営する幼稚園で、まずは音で遊びながら、自然と手を合わせる心を伝えたいと思いました。でも、活動を続けるうちに、いろいろな方から「この音がいかに大切か」を逆に教えていただくことになりました。
「メイド・イン・高岡」という誇り
—— 高岡という土地で作ることを大切にされていますね。
私たちは「メイド・イン・高岡」にこだわり、できればすべての工程を高岡で完結させたいと願っています。後継者不足などでだんだんと難しくはなっていますが、今の高岡ならまだやれると思っています。
もともと高岡に銅山があるわけではありません。約400年前、前田のお殿様(利長公)が高岡の街を開いたときに、
加賀文化が息づくものづくりの町高岡は、金属工芸品では世界屈指の名産地です。だからこそ、今あるこの技術を大切にしたいのです。
地元の人自身が「高岡には何もない」と言ってしまうこともありますし、私たちも昔はそう思っていました。でも、今の高岡ならまだ大丈夫、まだやれる。その事実を伝えていくことで、若い世代がまた次の時代へバトンを繋いでいってくれたらと願っています。

音に導かれ、逆風を乗り越え形にしてきた歩み
——伝統の街で新しい挑戦をする中では、ご苦労も多かったのではないでしょうか?
そうですね。現代仏具をつくりだした頃は、「仏具素人」「もの知らず」と揶揄されました。
おりんを仏事以外に日常生活の中で、純粋に良い音として使ってもらおうとしたら「バチ当たりな」「縁起でもない」などと厳しいお声をもらいました。
でも、「この音が実は本当に大切なんだ。みんな待っているよ」と言ってくださる方々の声を心の拠り所にやってきました。
—— 会長と奥様、デザイナー、高岡の作り手の方々、皆さんでで作り上げられたのですね。
「おりんの音を形にしたい」とデザイナーにお願いした時は、どう形にしていいか全く分からない状態でした。しかもお願いする私達自身、売れる商品にデザインして欲しいなんて全く望まず、おりんの音色を第一に思ってのデザインをと望んだのであり、売るためのビジネスとしてはどう動いていいか分からないままでの始まりでした。
ただ今日みたいに、音がどなたかを連れてくるとか、私達が音に連れられてどこかへ行くとかっていう、音が何かをしてくれるっていう感覚があるのです。「音の追っかけ」と言っていますが、主役は私達ではなく、音なんです。私たちが届けたいと思っている音を、どうやったら皆さんの元へ届けることができるか、それだけを考えて自分たちが動いているうちに、私たちのほうが音にどんどん引っ張られていくような感覚です。
—— 音が必要な場所やご縁に導いてくれるのですね。
本当にそのとおりです。私たちは「売るための計画」なんてゼロですから。お越しくださる方や、たまたまお会いした方が、いつもものすごい熱量で私たちに大切なことを教えてくださる。すべては音が繋いでくれたご縁です。
(冒頭の写真は、山口久乗 取締役の山口直子氏)
【後編へ続く】

