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リカバリーカルチャーって何? (番外編)田代まさしさんのケースが示す、リカバリーのいばらの道

リカバリーカルチャーって何? (番外編)田代まさしさんのケースが示す、リカバリーのいばらの道

元タレントの田代まさしさんが11月6日、覚せい剤取締法違反の容疑で逮捕されました。これまで薬物依存症者として自身の回復する姿を見せつつ、依存症者のための回復支援活動や世の中への啓もう活動に積極的に取り組んでいただけに、世間からは驚きの声が挙がっています。

アルコール依存症の専門医で、当サイトで複数回にわたって依存症からの回復、リカバリーカルチャー*1について解説してくださっている、垣渕洋一先生にお話を伺いました。

解説:垣渕洋一
成増厚生病院・東京アルコール医療総合センター長
専門:臨床精神医学(特に依存症、気分障害)、産業精神保健
資格:医学博士 日本精神神経学会認定専門医

 

「依存症からの回復は簡単なことではない」

編集部:田代まさしさんが違法薬物の不法所持容疑で逮捕されました。田代さんはこれまでも、同様の件でたびたび実刑判決を受けています。今回の事件をどのようにご覧になりましたか?

垣渕先生:アルコールでも薬物でも一度依存症に陥り、そこから断酒・断薬治療を始めた場合、1回で回復する人の方がむしろまれなケースです。田代さんはこれまでにも過去に3回、違法薬物不法所持で逮捕されていますが、前回の逮捕は2010年9月。そこから9年以上の時間が空いています。この間まったくスリップ*2がなかったのかどうかは、本人と神のみぞ知るところですが、もし依存症から立ち直って9年間もクリーン*3な状態にあったのだとしたら、それは賞賛に値することです。それほどに、依存症から完全に抜け出すのは簡単なことではないのです。

編集部:田代さんはこれまでダルク*4の活動をはじめとして、自らの姿を見せながら依存症者を支援し、世の中に対しては依存症についての啓もう活動に尽力してきました。今回のことで、失望感を感じている人は少なくないと思いますが。

垣渕:前述したとおり、依存症者が治療の途上でスリップしてしまうこと、またはリラプス*5と呼ばれる状態になってしまうことはよくあることです。それが薬物の場合はアルコールと異なって違法性があり、所持することが即逮捕に結びつくため、有名人だとなおさら世間の耳目を集めてしまうという特性があります。またマスコミもその違法性を強調し、薬物依存症者であること自体を罪悪のように書き立てますが、実際のところ依存症者は薬物やアルコールの被害者でもある側面を持っているのです。
 

米国発祥のAAの理念「自分の限界を知ること」

編集部:依存症からの回復を目指す上で、どのような理念が必要なのでしょうか。

垣渕:米国発祥のアルコール依存症者の自助グループ「AA*6」の基本理念のひとつに、「スリップして戻ってきた仲間を非難せず、あたたかく迎えて、包み込んであげること」があります。依存症というものを理解する中で、社会全体がそういった包摂の空気を持つことも重要だと思います。

またAAの本来の原理に立ち返れば、その根底にはそもそもキリスト教精神がありました。それは人間の存在を超えた自分よりも偉大な力である神=ハイヤーパワーを認め、それにより頼むこと。それはたとえばキリスト教の信仰のない人にとっても、自分自身の限界を知り、自分の傲慢や歪んだ承認欲求を下ろすことが、リカバリーの本質にあるという考え方です。

このプリンシプルをもとに作られてきた回復のための「12のステップ」というプログラムがAAにはあります。米国のAAメンバーが自らの回復について回顧するとき、「このステップのおかげで回復できた」と言うのに対し、日本のAAメンバーは「仲間のおかげで回復できた」と話すことが多いのは注目すべき対比です。
 

気遣いとサービス精神が本人自身を苦しめる

編集部:日本人は、ハイヤーパワーを人間に求めてしまっているということでしょうか。

垣渕:人間はだれしもが不完全な存在です。依存症から回復して年月が経ったリカバリーも、いつまたスリップしてしまうか分からないリスクを常に抱えています。だから彼らのことも、ともに回復の途上を歩んでいる仲間だと見るべきです。過剰に仲間により頼んでしまうと、その人が倒れた時に自分も一緒に崩れてしまいます。

もちろん回復を目指す中で、ともに支え合うコミュニティの存在はとても重要です。しかし、その中で田代さんを必要以上に神格化してしまってはいなかったのか? リカバリーの核心とされるハイヤーパワーは、人間には置き換えられないものであるはずです。

編集部:田代さんがここからまた回復の道を目指すためには、何が必要だと思われますか?

垣渕:ご本人を診療していないので、言えることは限られてしまいますが、私が主治医だったら、当面はメディアに出ないこと、自助グループ内でも過剰適応となる危険がある行動を避けることを勧めるでしょう。

というのも田代さんの身近な人たちから話を聞く限り、田代さんは周りに対してとても気を遣う方で、サービス精神も非常に旺盛なのだそうです。そのような過剰適応であるがゆえに自助グループなどの集まりでも、求められれば前に出ておもしろいことを言い、元芸能人としてサービスをしてしまう。

もちろんそれによって、田代さんが大きな役割を果たしてきたのは事実です。しかし本来、田代さんも治療の途上にある一メンバーとして自然体でいるべきところを、結局タレントとしてのペルソナを演じなければならなくなる。もしそのことが田代さん本人に無理を強いていたのならば、田代さん自身が自分のリカバリーとしての生き方を見直し、周りもそれを理解して支える必要があると思います。
 

【用語解説】

*1リカバリーカルチャー(recovery culture):「回復」を意味するリカバリー(recovery)は、薬物やアルコールなどの依存症から立ち直ること、そして立ち直った人たちのことを指す。リカバリーカルチャーとは、そのようなリカバリー(回復者)たちが作る文化のこと。

*2スリップ(slip):断酒・断薬治療を始めてからまた、アルコールやクスリに手を出してしまうこと。治療行為からの一時的な脱線のことで、治療者の間では「スリップしても、いかにスリップにとどめられるかが大事」と言われている。

*3クリーン(clean):薬物を使っていない期間のこと。アルコールの場合、この期間を「ソーバー(sober:しらふ)」という。

*4ダルク(DARC):薬物依存症者のための回復支援施設。依存症から回復したリカバリーを中心に運営されている。

*5リラプス(relapse):再発。アルコールや薬物を本格的に常習する状態に戻ってしまうこと。

*6AA:アルコホリクス・アノニマス。米国で誕生したアルコール依存症者の自助グループ。これに対し、AAから派生したNA(ナルコティクス・アノニマス)があり、これはアルコール以外の薬物依存症者の自助グループ。
AAもNAも12ステップという同様の回復プログラムを用いており、現在ではAAにも薬物依存症者が参加し、NAにもアルコール依存症者が参加することは珍しくない。田代まさしさんはNAのメンバー。

(冒頭の写真はイメージ)
 

リカバリーカルチャーって何?(1)語り始めた依存症からの「回復者」たち【前編】