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三権分立の危機 東京高検検事長人事が意味するもの

三権分立の危機 東京高検検事長人事が意味するもの【前編】

政府が定年間近の黒川弘務 東京高等検察庁 検事長の勤務期間を、内閣の閣議決定により半年間延長した件について、国会で激しい議論がなされています。

これに対して森雅子法務大臣は、国家公務員法を根拠としている旨を強調しています。国家公務員法第81条の3が規定するところによると、「職務の特殊性」又は「職務の遂行上の特別の事情」からみて「退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる十分な理由があるとき」は1年以内の定年延長を認めているため、これを根拠としており、任命権者である内閣の決定により定年後の勤務が可能であるという趣旨です。

果たして今回の人事が理にかなったものであるのか、また何を意味しているのかを、元検察官である法律家の三上誠さんに解説いただきました。
 

解説:三上誠
元検察官。弁護士事務所勤務を経て、現在はグローバル企業の法務部長としてビジネスの最前線に立つ、異色の経歴の持ち主。

 

編集部:森法相は、今回の人事を国家公務員法に準拠するものであるとしています。

三上:検察庁法は、第22条において、高検検事長の定年を63歳と定めており、延長を想定した規定はありません。検察庁法とは国家公務員法の特別法であり、特別法は本来優先されるべき大原則です。1986年、検事総長在任中だった伊藤栄樹氏による『新版検察庁法逐条解説』にも、検察官の定年は国家公務員法の影響を受けないと明記されています。

編集部:検察官は国家公務員でありながら、その中でも特別法の規定が存在するということですね。それに従うならば、今回の決定には違法性があるということでしょうか。

三上:はい、従来の法解釈によれば今回の閣議決定は明らかに違法です。国家公務員法の解釈についての唯一の書籍といわれる『逐条国家公務員法』においても、1981年の国会の答弁で当時の人事院事務総局任用局長により「検察官には国家公務員法の定年制が適用されない」旨の答弁がなされていたことが引用されています。2月12日の衆議院予算委員会で、人事院給与局が1981年の答弁のとおり「国家公務員法の勤務延長を含む定年制は検察庁法により適用除外されていると理解していたもので、現在も同じ解釈が続いている」と発言したことなどから、森法務大臣の法解釈は、国家公務員法や検察庁法のこれまでの解釈とは明らかに異なっています。

編集部:違法な人事を、内閣の決定で押し通すことができるのでしょうか?

三上:さすがに難しいのではないでしょうか。あまりにも分が悪いと考えたのか、安倍晋三首相は2月13日の衆議院本会議で、「国家公務員法に定める延長規定が検察官には適用されない」とした政府の従来解釈の存在を認めたうえで、「法務省の判断を踏まえて安倍内閣として解釈を変更した」と明言しました。

編集部:法解釈の変更があったのだから、違法ではないということでしょうか?

三上:そのような論理です。しかし法律の解釈を変更するには、立法事実の変更を前提とした国会での議論が必要であり、内閣が自由に決定できるものではありません。三権分立の大原則の下、法律は立法機関である国会によって定められ、行政はこれを運用するに過ぎません。そして法律は、政府の国会答弁を踏まえて制定されるため、当時の国会答弁による法律解釈に原則として拘束されます。

編集部:政府側からすれば、法律解釈を変更してでも行うべき異例の人事ということでしょうか。

三上:過去に高検検事長の勤務期間が延長された事例は一度もないことなどからすれば、この法律解釈を変更するには、それなりに大きな契機、立法事実の変更がなければなりません。しかし現時点では、残念ながらそのような事実は見出されていません。森法務大臣は解釈変更の理由として、「東京高検検察庁の管内において遂行している重大かつ複雑困難事件の捜査公判に対応するため、黒川検事長の検察官としての豊富な経験知識等に基づく管内部下職員に対する指揮監督が不可欠であると判断した」としか述べていません。これでは、社会的な立法事実を背景として法解釈を変更する必要性があるとは到底言えず、どう善解しても「黒川氏を据え置きたい特別な事情がある」ということにしかなりません。このような、極めて個別具体的な事情だけで法解釈を変更していては、法的安定性が損なわれてしまいます。そのため、通常この程度では法解釈の変更はできません。
後編に続く

(写真はイメージ)