ノーベル物理学賞受賞者ファインマン著『物理法則はいかにして発見されたか』

ノーベル物理学賞受賞者ファインマン著『物理法則はいかにして発見されたか』

リチャード・ファインマン(1918~1988年)は朝永振一郎と共に1965年度のノーベル賞を受賞したアメリカの理論物理学者。量子力学において、電子が自分自身と相互作用するエネルギーが無限大に発散するという問題を、「くりこみ」という手法で解決できることを示した。物理の業績以外に『ご冗談でしょう、ファインマンさん』などの軽妙なエッセイが読書人に人気である。

『物理法則はいかにして発見されたか』は、物理色が一番強いと思われるファインマンのエッセイだ。二部構成で第一部「物理法則とは何か」はコーネル大学での1964年度の講演をまとめたもので、本書の大部分を占める。第二部「量子電磁力学に対する時空全局的観点の発展」はノーベル賞受賞講演。どちらも専門家ではない一般聴衆に向けたもの。

第一部の第一章では物理法則の実例として「重力の法則」が取り上げられている。その導出の歴史、そして有効性の検証の過程で様々な法則が発見されていった。

第二章は「数学の物理学に対する関係」について。数式は込み入った状況の下に起こる微妙な現象を記述するところに絶大な効果がある。しかし、なぜそうなるかを示すものではない。ある一隅から導出した定理が遥かに広い範囲で適用可能なことがある。同一の現象を見かけ上は全然違った表現で記述することができるが、それを少し拡張しようとしても必ずしも成り立つわけではないということが述べられている。

第三章「保存という名の大法則」と第四章「物理法則の対称性」では、電荷やエネルギーの保存則から相対性理論に至るまで、保存や対称性に着目して拡張されてきた法則について語る。

第五章のテーマは「過去と未来の区別」。物理の基礎法則は可逆なのだが、非可逆になるのは秩序から無秩序に移るからだ。これがエントロピーの増大である。非可逆性は明白な事実でありながら、基礎法則から遠く離れた位置にある。

第六章「確率と不確定性」では、電子の二重スリット実験より、自然の基本的な特徴自体に確率が入り込んでいることを示す。

第一部の終章である第七章「新しい法則を求めて」では、現状を総括するとともに今後どのような法則が発見できるかを予想している。未知の領域は核力など高エネルギーの現象にある。仮説を見出すための既存の手段は試し尽くされているので、来たるべき新発見はこれまでと全く異なった仕方で成されるはずだと述べている。

第二部の講演では、ノーベル賞受賞に至ったアイディアがどういう経緯で浮かんだかを語っている。研究途上で発展させた考え方のほとんど全てが最後の結果には使われていないことを驚くべきこととしている。

物理法則に新たな知見を加えた当事者から物理法則の話を聞けるというのは得難いことだ。自然は同一の現象をいくつもの異なった物理的な概念で記述可能にし、優れた理論家なら同一の現象に様々な物理的観点を持てるという。だが、大がかりな推論を行って数学的な書き改めをしても結局は旧知のことを言い換えただけにもなりかねない。それでも風変わりで普通でない観点から自説を構築した者だけが新たな真理を見出すことができる。うまくいかないことの方が多いが、この面白い可能性に気づいているのは自分だけだという心理的興奮があるという。本書からは真理を求める探求者でありながらも人間味あふれるファインマンの姿が感じられた。他のエッセイで見られるユーモラスな人柄の著者が物理に対して真摯に挑んだ時の姿が浮かび上がる一冊だ。

『物理法則はいかにして発見されたか』
著者:R.P.ファインマン
翻訳:江沢洋
発行日:2001年3月16日
発行:岩波書店

(冒頭の写真はイメージ)

 

【書評】科学者の随筆・評伝