[書評]台湾デジタル相が語る まだ誰も見たことのない「未来」の話をしよう

「皆さんは、100年後の未来を想像したことはあるでしょうか?」という問いかけで始まる本書。著者は、台湾のデジタル担当政務委員を務めるオードリー・タン氏。現役のプログラマーであるタン氏は台湾のデジタル民主主義の象徴であり、コロナ禍においては台湾の防疫対策に大きく貢献した人物だ。

「私は、未来は希望のほうが多いと感じています。なぜなら未来は私たちが創っていけるからです」というタン氏の言葉は、自身が今まで台湾に必要だと思ったことを創造してきたからこそ言える言葉であり、一人ではなく、台湾の人々とともに行ってきたという証だ。「私たち」という言葉には、今までも、そしてこれからも、皆で台湾を創っていくという気概すら感じさせる。

本書は、本当に未来やデジタルの話をしているのかわからなくなるくらい、人間の発想のすばらしさ、コミュニケーションが巻き起こすイノベーションの魅力、それがコロナ禍の生活をより良いものに変えていったという、台湾のここ数年間の実績の話をしていて、目からうろこが落ちる。日本では考えられないスピードで民意が台湾の政策に反映されていく様子や、民意を正面から受け入れ政策を実行していく台湾総督の決心が潔い。

例えば、コロナ禍でマスクが品薄になったとき、民間のハッカーたちの力でマスクの在庫が一目でわかるマップを3日間で作成したことや、選挙権の有無にかかわらず、氏名と電話番号を登録すればだれでも政策に意見できるプラットフォームを構築し、16歳の女子高生の意見が政策に反映されたことなどーー。これらはすべて、アプリやコミュニティサイトを作れる人がいたからこそできたのではないか、と思ってしまうこともある。しかしタン氏は、「デジタルはその先にいるのが人であるということ」「ITとは新しく何かが発明された時、それをとても簡単に、ほとんどコストを必要とせず、他の場所にいる人に使ってもらうことができる」と、「人」という言葉を多用し、AIが人の仕事を奪うという恐怖ではなく、「AIは補助的知能。あなたにとってよきように」という姿勢を崩さない。すべては台湾の人のためにと考え、それを「自分自身の著作を持たず、自分自身をオープンソースにしておきたい」という姿勢でも体現している。

タン氏が先導するデジタル民主主義は、日本でそのまま適用できるかと言ったらそうではないかもしれない。しかし、人を想う心や民衆が政策に意見を言える風土、その意見が政策に反映される仕組みは、他国の民主主義にも参考になる。また、「デジタルはその先にいるのが人であるということ」という見方は、人が今までやっていた無駄な仕事をコンピュータにやらせようとする画一的なDXに一石を投じ、真に人間のためのDX、また希望ある未来を「私たち」が創造するヒントになりえそうだ。「まだ誰も見たことのない『未来』」は、国やそこに住む人を想う心から始まるのかもしれない。

 

『まだ誰も見たことのない「未来」の話をしよう』

著者:オードリー・タン、近藤弥生子
発行日:2022年3月5日
発行:SBクリエイティブ

(冒頭の写真はイメージ)