[書評]星の文人・野尻抱影が綴る天文随筆『星は周る』
野尻抱影(1885-1977)は本業は英文学者だが、天文随筆家として知られており、「星の文人」と呼ばれている。本書は日本の科学随筆を紹介するSTANDARD BOOKSの一冊として近年に刊行されたもの。
第一部は星を見る楽しみについて。季節の移り変わりを星座を通して知り、いつでも変わらぬその形に悠久の歳月を感じ取る。星を気ままに見るには望遠鏡をわざわざ持ち出すよりも度が弱いオペラグラスが重宝する。街の明かりで星の影がだんだん薄くなることは困りごと。星を見ることを楽しみにした経験がある者としてはそうそうとしきりにうなずいてしまう。中学教師をしていた時に天体望遠鏡で土星を初めて見せた教え子の少年がその形の可笑しさのあまりに腹を抱えて笑ったというエピソードも印象に残る。
第二部は文庫本で全四冊になる『星三百六十五夜』からの抜粋。一年を通じての星にまつわる随筆を収めたもの。春の星座、乙女座や獅子座は柔らかな夜気の奥に若々しく瞬く。夏の大三角形を中心とする琴座、鷲座などの華やかな星々が輝く頃は人々が一番星に親しむ季節となる。東の空に天馬ペガススの四角形が上ってくる頃には、秋の息吹きが空に流れ始めているのを感じる。冬の星座、オリオンを初めとする馭者、牡牛、双子など空一面に夥しい星々がプリズム光を放っているのを仰ぐと、暫くは人間界の興味を忘れてしまうほどである。
第三部では抱影が興味をもって研究した星の伝承のことなど。彼は古今東西、特に日本の星の名前の収集に力を入れていた。
オリオンの三つ星はカラスキボシ(柄鋤星)、サカマスボシ(酒桝星)と農機の形に見立てられたりするが、海から縦に上る時には船乗りの神である住吉三神に見立てられたのではないかと推測する。
竜骨座の一等星カノープスは全天でシリウスの次に明るい星でありながら、日本の緯度では地平線ぎりぎりまでしか上らず見ることが難しい星である。この星を中国では南極老人星と呼んで絶頂から見下ろすところが山水画の画題にもなるという。ラジオ番組でこの星について語ったところ、見たという報告が日本全国から寄せられたそうだ。
抱影は1930年に米国で発見された新惑星プルート(現在では準惑星)を冥王星と邦訳し、それが漢字圏での通名になったことでも知られている。彼の文筆やラジオ放送、プラネタリウムなどの啓蒙活動によって天文分野に残した足跡は大きい。これによって多くの星の愛好家だけでなくプロの天文学者までが生まれるようになった。星に関する文章は対象の星が変わらないので古びることもない。その情熱がこもった文章を読むと、またしても夜空を見上げたくなる。
『星は周る』
著者:野尻抱影
発行日:2015年12月11日
発行:平凡社
(写真はイメージ)
【書評】科学者の随筆・評伝