長崎 浦上天主堂、最後のキリシタン弾圧から150年

最後のキリシタン弾圧から150年 長崎・浦上天主堂の歴史

日本で最後のキリシタン弾圧事件と言われる「浦上四番崩れ」から、この7月で150年が経とうとしている。16日には同事件が起こった長崎の浦上教会で記念ミサが開かれた。

浦上四番崩れとは、1867年7月に長崎の浦上地区で起こったキリシタン大検挙事件のことを言う。一斉に検挙されたキリシタンは3000数百人に上り、全国22カ所に流罪にされた。1867年は明治の年号が始まった年で、明治政府は国家の宗教を神道と定め、キリスト教を弾圧しようとした。キリシタンに対する弾圧自体は江戸時代から繰り返し行われており、日本がローマの次に殉教者が多い国であるということはあまり知られていない。

ただ、明治政府は江戸幕府とは異なり鎖国状態ではなくなっていたため、海外各国からの非難もあり、1873年にキリシタン禁令を解除した。しかし、それまでの間に約600人の信徒が殉教したと言われている。

弾圧から解放された浦上のキリシタンたちが求めたものは、神の家となる「天主堂」だった。自身らの手によって一つひとつ煉瓦を積み上げ、20年かけて教会を建てた。現在の姿は原爆投下で焼失後、1954年に再建されたものだが、カトリック教会としては日本最大規模となる。

[冒頭の写真:高台にそびえる浦上天主堂]

 
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