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法律家の目でニュースを読み解く! 司法の危機 書き加えられた「内閣による定年延長」

法律家の目でニュースを読み解く! 検察OBも警鐘、「検察庁法改正」の問題点とは?

5月8日に投稿されたハッシュタグ「#検察庁法改正案に抗議します」は、Twitterデモとして爆発的な広がりを見せ、検察庁法改正について反対の世論がかつてないほど盛り上がっています。予定されていた採決は15日の時点で見送られましたが、週明けに強行採決がされるとも言われています。

同件に関しては野党の党首や国対委員長らがネット上で記者会見し、15日には元検事総長である松尾邦弘弁護士らが法務省に意見書を提出するなど異例の展開となっています。Twitterデモの投稿は1000万に達したとも言われる盛り上がりを見せており、そして検察OBらが「法が終わるところ、暴政が始まる」とジョン・ロックを引用して警鐘を鳴らしました。

本件の議論のポイントを元検事の三上誠さんに整理いただきました。

解説:三上誠
元検察官。弁護士事務所勤務を経て、現在はグローバル企業の法務部長としてビジネスの最前線に立つ、異色の経歴の持ち主。

 

編集部:法務省に提出された検察OBの意見書は、検察庁法改正案の問題点を明快に書き出しています。専門的な知見に基づいた内容でありながら、特別な法的知識がない人にとっても非常にわかりやすい内容です。

三上:本文を読んでいただくのが一番いいと思いますが、おおまかな内容は以下の通りです。

1) 今年2月に閣議決定で延長された、黒川東京高検検事長の定年延長は検察庁法に基づかないものであり、黒川氏の留任には法的根拠がない。
2) 検察官は起訴不起訴の決定権すなわち公訴権を独占し、併せて捜査権も有する。その責任の特殊性、重大性から検察庁法という特別法が制定されている。したがって、検察官も一般の国家公務員であるから国家公務員法が適用されるというような皮相的な解釈は成り立たない。
3) 法律によって厳然と決められている役職定年を延長してまで、黒川氏を検事長に留任させるべき法律上の要件に合致する理由は認め難い。
4) 今回の法改正は、検察の人事に政治権力が介入することを正当化し、政権の意に沿わない検察の動きを封じ込め、検察の力をぐことを意図していると考えられる。
5) (ロッキード事件の例を挙げた上で)検察が萎縮して人事権まで政権側に握られ、起訴・不起訴の決定など公訴権の行使にまで掣肘せいちゅうを受けるようになったら検察は国民の信託に応えられない。
6) 内閣が潔くこの改正法案中、検察幹部の定年延長を認める規定は撤回することを期待し、あくまで維持するというのであれば、与党野党の境界を超えて多くの国会議員と法曹人、そして心ある国民すべてがこの検察庁法改正案に断固反対の声を上げてこれを阻止する行動に出ることを期待してやまない。
 

編集部:同意見書の中には、本来国会の権限である法律改正の手続きを無視したことについて、「フランスの絶対王制を確立し君臨したルイ14世の言葉として伝えられる『ちんは国家である』との中世の亡霊のような言葉を彷彿ほうふつとさせるような姿勢であり、近代国家の基本理念である三権分立主義の否定にもつながりかねない危険性を含んでいる」とする文言もありました。

三上:政府与党の説明では、「今回の改正により三権分立が侵害されることは全くない」とあり、日本維新の会に所属する吉村洋文大阪府知事や足立康史議員は「内閣の人事権の問題だ」とこの点を擁護しています。つまり、三権分立の問題ではなく行政権の中の問題だ、という主張です。

これに対して、日弁連や検察官経験弁護士から「検察官の独立が侵害される」「『準司法官』である検察官の政治的中立性が脅かされれば、憲法の基本原則である三権分立を揺るがすおそれさえある」という主張がなされています。

そもそも、準司法機能を有する検察庁が、裁判所に準ずる独立性を要請されているのは、どの憲法の基本書にも書かれている憲法上の要請であることは、否定できませんから、日弁連や検察官経験弁護士の指摘が妥当であり、行政権の中の問題と荒っぽく議論を片づけるのは筋違いです。
 

編集部:検察に殊更、独立性が求められているのはなぜなのでしょうか。

三上:刑事上の訴追権という強大な権力を独占する検察庁が、他の権力の支配を受けるようになれば、その権力は他の権力に対して圧倒的に優位に立ち、暴走する危険性をはらんでいるからです。そのために、検察官には裁判官に準じた身分保障がなされています。しかし一方で、検察庁自体の暴走もあり得ることから、国家公務員とは異なる定年制といった検察庁の暴走を防ぐ制度が検察庁法によって規定されています。さらに言えば、政府・内閣自身の暴走を止めるための制度的保障は、特に立法と内閣がほぼ一体化している現在のような状況下では、検察庁に大きな役割があるということになります。これがまさに日本弁護士会や、検察庁の中からも声が上がっている、検察庁の不偏不党、政治的中立性への要請の理由なのです。
 

編集部:今、多くの国民が最も気になっているのは、「いったいどうやったら政府与党、内閣の暴走を止めることができるのか」という点にあるのではないかと思います。

三上:安倍首相自身が関わっていたとみられる「桜を見る会」の問題や、公文書改ざん問題で近畿財務局の方が亡くなられた森友学園問題、河井克行元法務大臣・案里夫妻の公職選挙法違反疑惑などがすべて未解決のままで、それに対する首相の側からの具体的な取り組みが示されていません。それにもかかわらず自民党関係者の「支持率は下がるだろうが、選挙がしばらくないから採決を強行するだろう」という発言に見られるように、「選挙で選ばれたら何をしてもいい」という考えの下に強行採決を行うのであれば、もはやそれは法治国家とは言い難いでしょう。

問題なのは、いったん選挙で選ばれて圧倒的大多数となった政府与党が暴走したら、これを止める手段が国会にはないことです。それにもかかわらず、選挙公約にもなかったような法案を突然繰り出して、「民意の裏付けがあるから何をしてもいい」とか、「反対するなら次回選挙で落とせばいい」といった主張は、全くの暴論というほかありません。

このような状況を改善するためにも、検察庁が独立性を保ち政権の抑止力であり続けることは重要ですが、国民が主権者としての意識に目覚め、声を上げ続けること、そして「第4の権力」と言われる報道機関・マスコミも、その本来の役割を果たすことが今、本当に求められているのではないでしょうか。

(写真はイメージ)
 

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