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[書評]差別を乗り越えた専門家たちの軌跡 『ドリーム NASAを支えた名もなき計算手たち』

本書は人種隔離政策下の米国でNACA(米国航空諮問委員会)、そしてその後継であるNASA(米国航空宇宙局)において、計算手(コンピュータ)として働いていた黒人女性たちに光を当てたノンフィクションで、映画化もされた。映画ではキャサリン・ジョンソン、ドロシー・ヴォーン、メアリー・ジャクソンの3人を中心にし、特にキャサリンを主人公として描いていたが、実際にはもっと多くの女性が貢献していた。

NASAの礎を築いた黒人女性たち

1943年、米国南部バージニア州ハンプトンのラングレー研究所で、戦争による人員不足を補うために初めて黒人女性が計算手として雇用された。既婚の数学教師だったドロシー・ヴォーンもその一人である。航空力学を学び着実に成果を上げたドロシーは、やがてNACA初の黒人女性管理職として黒人女性計算手チームを率いることになる。

1951年、メアリー・ジャクソンがドロシーのチームに加わる。派遣先の白人と共同で働く部署での有色人種用トイレの扱いに憤慨したメアリーは、研究所の超音速圧力風洞チームのサブリーダーに掛け合ってそこで働くようになった。メアリーは世界有数の航空力学者相手に一歩も引かず自分の解析の正しさを証明し、やがて上司の支援を受けて黒人女性初の技師としての道を進み始める。

1953年、キャサリン・ジョンソンがドロシーのチームに着任する。飛行研究部門に派遣され、やがてそこの正式な一員となったキャサリンは、それまで計算手が排除されていた研究報告書の編集会議への参加を何回も談判して実現させた。1950年代半ばになるとIBMのコンピュータが導入され始める。ドロシーは自身と部下の女性たちのキャリアを守るため、部下たちと共にプログラミングを学び新たな時代に備えた。

1957年、ソ連が世界初の人工衛星スプートニク1号の打ち上げに成功。このいわゆるスプートニク・ショックを契機に米国の宇宙事業はNASAとして再編された。ラングレー研究所では黒人女性計算手チームが解散され、そのメンバーは各所に転属。ドロシー自身は電子計算機部門に異動した。1961年、NASAの宇宙部門はヒューストンに移転した。

米国初の有人宇宙飛行計画「マーキュリー計画」において、キャサリンは再突入時の軌道計算を担当した。キャサリンは宇宙飛行士ジョン・グレン(後の上院議員)の信頼を勝ち得て、グレンは「彼女が数字を確認してくれたら飛ぼう」とまで言ったという。

宇宙に人類を送るよりも、黒人と白人の生徒をバージニアの同じ教室で学ばせることの方が難しいとまで言われた時代、彼女らの粘り強い努力が少しずつ門戸を広げていった。自分の才能を生かし仕事に忠誠を尽くすこと、その積み重ねが彼女たち自身と後続の女性たちの道を切り開いた。本書が示すのは、歴史を前進させるには英雄的な天才だけではなく、自分の使命を黙々と果たす「無名の専門職」が必要不可欠だったという事実だ。

『ドリーム NASAを支えた名もなき計算手たち』
原題 Hidden Figures
著者:マーゴット・リー・シェタリー
訳者:山北めぐみ
発行日:2017年8月25日(原著2016年)
発行:ハーパーコリンズ・ジャパン

(写真はイメージ)

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