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平成が始まった年 冷戦構造が崩壊した1989年

平成が始まった年 冷戦構造が崩壊した1989年

特集 平成はこんな時代だった

今から30年前、元号が昭和から平成に切り替わった1989年は、世界の各国で社会構造の根幹に関わる大きな事件・出来事がいくつもあった年だった。20世紀が残り10年余りとなった世紀末、日本はまだバブル経済と呼ばれる好景気の幻想の中にいた。この年に世界で起こった主要な出来事を振り返ってみたい。

 

冷戦構造の中で始まった平成時代

昭和64年がわずか7日間しかなかったことをご存知だろうか? 昭和天皇が1989年1月7日に崩御すると同日に新元号が発表され、翌日8日から元号は昭和から平成に切り替わった。同年の1月20日、米国ではジョージ・H・W・ブッシュ(ブッシュ・シニア)が第41代米大統領に就任。平成時代の幕開けには、米国でも元首交代という大きな出来事が起こっていた。

1989年当時、世界は米国とソ連の2大超大国の勢力圏にほぼ二分されていた。米国に代表される資本主義圏とソ連に代表される共産主義圏。その対立構造は「冷戦」、「鉄のカーテン」などと呼ばれていた。しかしこの年、その冷戦構造に大きな変化が起こる。4年前の1985年にソ連書記長に就任したミハイル・ゴルバチョフは、内政ではペレストロイカ(改革)を推し進め、外交では新思考外交を展開。米国をはじめとする西側諸国との対話の窓口を開き、これが東欧をはじめとする共産圏に民主化要求運動の大きな流れを作るきっかけとなっていた。

 

天安門事件、そして「ベルリンの壁」崩壊へ

1989年5月、オーストリアとハンガリーが両国間の国境を開放。これによって、旅行の自由を制限されていた東ドイツから、同じ共産圏であるハンガリーおよびチェコを経由しての西ドイツ側への人口流出が加速する。一方、東ドイツ国内では、民主化要求運動が日に日に高まりを見せていた。

6月4日、中国の北京で天安門事件が発生。学生を中心とする中国の民主化要求デモに対し、中国当局がこれを武力で制圧、多数の死者を出した。このことは、旧共産圏の東欧諸国で盛り上がっていた民主化要求運動を減速させるかに思われたが、同じ月にポーランドでは自由選挙が実施され、独立自主管理労組「連帯」が圧勝。東欧諸国の民主化要求運動への追い風となった。

11月9日、東ドイツ政府が市民への旅行の自由を公式に認める会見を行ない、これを受けて東西国境を隔てていた「ベルリンの壁」が崩壊。12月、米ブッシュ大統領とソ連のゴルバチョフ最高会議議長が「マルタ会談」を行ない、「冷戦の終結」を宣言した。

40年間、冷戦構造のもとに分断されていた東西ドイツは、これを機に一気に統一へと向かい、約1年後の1990(平成2)年10月3日、悲願の統一を果たした。

 

新たな歴史の分岐点を迎えて

歴史の分岐点には、私たちが予想もしていなかったような大きな転換、偶然のように見える歴史的必然が待ち受けている時がある。日本というひとつの国の元号が変わること。それもまた、新しい時代への転換を象徴しているのかもしれない。

この30年を振り返ってみると、いったいどれだけの「不可能」と思われていたことが「可能」となり、歴史を大きく動かしてきただろうか。新元号とともに迎える新しい時代が、より多くの人が希望と可能性を信じて迎える、新しい時代となることを祈りたい。

冒頭の写真は、「ベルリンの壁」崩壊を喜ぶ人々(1989)
画像提供:Brandenburger Tor, 1989
Copyright: Landesarchiv Berlin
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